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市民への指導力
(ROTARY ?)
1. 社会奉仕の意義
もし職業奉仕がロータリーにおいて、ある程度あいまいで、定義されにくい概念だとするならば、社会奉仕には豊富な事例があって、ほとんどのロータリアンにとって理解しやすい、身体障害児、クリスマス・バスケット、青少年活動、学生貸付金や他の多くの活動などの多彩な具体的事例を持ったものである。
ロータリーは元来、事業上の目的のための実業家の組織であったのに、事業上の目的は背後に隠れてしまったようにさえ感じられる。
ロータリーは、元来は二義的なものであり、付随的な機能に過ぎなかった市民の目的のための市民組織となり、シカゴ・クラブを含む多くのロータリークラブの主要な活動になってしまった。
古いロータリアンにとって社会奉仕とは、胴体(職業奉仕)がほとんど消えかけているのに、尻尾だけが不釣合いなほど異常に発達した犬が、尻尾を振っている様を連想するに違いない。
ロータリー活動における社会奉仕の歴史を詳しく検証すると、例えそれがシカゴ・ロータリークラブのものに限定したとしても、一冊の本に収まるほどの内容を持つものになる。調査委員会は、この分野においても他の分野と同じように、管理運営の詳細よりも、組織や活動の一般的な機能の分析と、一般原則に関与すべきであり、一般的なロータリー活動における社会奉仕の起源や社会奉仕活動の性格には単に注目を払うだけで充分であると考えている。
[親睦と事業の発展]という相反する分野の活動が、“ロータリーの最初の出発点”に当たって、ポール・ハリスから提示されたことを、思い起こしてもらいたい。
彼や彼の同僚たちの何人かは、ロータリーが、まさしく利己的な組織であるという批判に衝撃を受けて、地域社会全体に役立つような“公共福祉事業”のプログラムを実践することを決断した。
【シカゴ公衆便所設置運動】は、これらの一連の努力における最初の結果である。ハリスは、最初から、クラブは市民組織だと考えていたと述べている。
ひとたび、『奉仕』というスローガンが定着すると、シカゴ・ロータリークラブやあらゆる場所の他のロータリークラブは、いろいろな種類の慈善や福祉活動に乗り出していった。
社会奉仕は、熱狂的に公共心や博愛心に傾いた会員たちを募って、奉仕理念を具体的に実現する機会を求めた活動として、一斉に歩み始めた。
会員個人として、その上さらに何をすべきなのかと、クラブは尋ねた。何人かの者は答えを待たずに行動を開始し、少年に対する福祉事業や身体障害児対策やその他の博愛の奉仕に従事した。
熱心な人たちは、人に勧められるまでもなく、ロータリーの全体の数多くの活動を見極めて、地域社会に何をすべきかをクラブに助言し、主管委員会はこれに参加を希望する委員を追加指名した。
所信表明の演説は、ロータリーの基本的な目的から離れて、慈善活動に強く偏る傾向を示し始めた。多くの人々は最初から、ロータリーは、すべて裕福な人々によって構成されている慈善活動だと思っているので、広くまた遠くから寄せられる要望は、数限りなく舞い込んでくる。ロータリーは、どこにでも行き、何でもすることができると思われているのである。
ついに、古い会員たちの何人かが、雪崩のごとき博愛に関する慈善事業に巻き込まれている、危険な状態を見なければならない瞬間が訪れた。
しばしば起こるように、抗議の声はまず、批判として登場し、国際ロータリーの会計ラッフス・チャピンによって書かれた記事と漫画が、セントルイス大会で発表され、この問題に対する執行部の考え方にスポットライトを当てた。
ロータリーは、社会奉仕活動をどこから始めて、どこに留めるつもりなのであろうか?(「歴史のハイライト」ロータリアン誌、1929年2月号24ページ)
社会奉仕活動を制限する必要性は、別の決議に反対していたチャピンやシカゴ・クラブの成果として、1923年のセントルイス大会で、今なお有名な決議34号の採択につながっていった。決議34はシカゴ・クラブのウエストバーグ会長とナッシュビル・クラブのウイル・メーニア・ジュニアによって立案されたものである。このロータリーの「社会奉仕の憲章」は、すべてのロータリアンに熟知されたものなので、ここで改めて全文を再掲することは避け、次の通り原則のみを要約してみたい。
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1. ロータリークラブは、市民全体の積極的な支持なくしては成功しえないような広範囲の社会奉仕活動は行わない。ロータリアンはこのような活動を商工会議所を通じて行うべきである。
2. ロータリークラブは完全にそれが遂行されるように準備されていない限り、計画を承認してはならない。
3. ロータリークラブは、他に機関があり、それによってすでに立派に行われている事業に乗り出すようなことをしてはならない。
4. すべてのロータリアンが個々の力を動員する活動の方が、ロータリーの精神に適っている。
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国際ロータリーは、次の記述を決議34に追加している。
ロータリークラブは、その性格から言っても継続的な活動にはなじむものではないので、 1年を超えないように明確に期間を決めて完結できるような活動を選ぶべきである。
これら原則を表明して、社会奉仕活動を制限する試みをしたにもかかわらず、 たぶん決議34が通過した1923年以前よりも今の方が、なおいっそう盛んに、ロータリークラブが膨大な数にのぼる特異な活動を実施しているというのが、現実の姿である。
もしこれらの社会奉仕活動を、RIの原則である決議34を参考にして評価すれば、確かに興味深い結論が出てくる。
これらの活動の中に、地域社会全体が支援することを要求しなかったものが幾つあるだろうか? それらのすべては、地域社会のニーズとして、奉仕対象として計画されたものであり、程度の差こそあっても、適正に奉仕すべきものとして、全体の地域社会の支持が要望されるものばかりである。
ロータリー・クラブが完全に達成できるプロジェクトは、これらの内の幾つだろうか? この質問に対する正しい解答は分からない。これらの半分以上は、継続的な処置を必要とする活動であると考えられ、一年以内に完結する可能性のあるものは殆どない。
これらの活動の幾つかは、他の機関によって取り扱われているプロジェクトではないだろうか? これらの活動の幾つに、すべてのロータリアンが個人的に動員されたのだろうか? これらの活動の各々は、多分に、すべてのロータリー・クラブの最小限の会員のごく一部だけが、特別な関心を払ったものに過ぎない。
社会奉仕はよろず屋!
結論は明らかである。決議34に定められているにもかかわらず、社会奉仕は、ロータリアンのあちらこちらのグループにとっては、道楽とも言えるよろず屋的存在として続けられているのである。
シカゴでは、提案された青少年活動、身体障害児、学費貸付制度、一般慈善、市民生活改善という5つの方向に向かって走っていく。これらは、価値のあることであり、尊い事業とも言える。
彼らのすべては、実業家であり博愛主義者であり、公共心の厚い市民としての能力を持った高い資質に支えられた個々のロータリアンである。しかし彼らの中の誰が、クラブとしてのロータリー・クラブから引き受けたのかを理解しているかは疑わしい。
そのようなすべての活動は、ロータリーの根本的な目的と能力との関連を、充分勘案した上で行わなければならないことが、今後、議論を続けていく上での前提となる。
さらに、個人というよりもむしろクラブの活動として行う社会奉仕活動は、ロータリアンの一部の者に、市民に対する指導力をつけることに役立っているに過ぎないという推測すら成り立つ。
そのような指導力は、すべてのロータリアンが必ずしも個人個人の指導力として期待しているものではなく、市民に対する指導力とは、ロータリー・クラブを通じて行う、ロータリアンの公式な団体奉仕活動によって、その実態が説明できるものであることを意味している。
個々のロータリアンは、ロータリーの理念を、そのような組織を通じて外の世界に波及させることが期待されているので、常に、他の組織を通じてこの種の活動に従事し、これを支えていかなければならないことは、言うまでも無い。
職業上の指導力は重要なもの
社会奉仕が正統的な立場を占めていない理由は、この報告書の前章を熟読した読者には明白であろう。
ロータリーは、親睦のため、付き合いを深めるため、発想の交換をするため、事業を発展させるために、共に集う実業家の組織である、と調査委員会は考えている。
その本質は、これらの機能を達成することによって、会員間の指導力を効果的に強めていくことである。
問題となる指導力として、“職業上の指導力”、“社会的な指導力”、“市民に対する指導力”が考えられるが、最初のものだけが重要で、根本的なものであり、その他のものは二次的で付随的なものである。
社会的通念で推し量る限り、【事業こそが】、ロータリーの最も重要な事業なので、ロータリー・クラブはクラブとして、“職業奉仕活動”を団体的に開発しなければならないし、開発すべきである。
個人としてのロータリアンは、事業と専門職種の分野における、社会的なまた市民の指導者になるように訓練を受けなければならない。理にかなったこれらの特別な分野の活動を成し遂げるに当たって、団体的なクラブ活動が必要となってくる。
単に個人や僅かな会員(大勢の会員の場合もある)にとって興味がある場合や、前述のロータリアンの分野のように、すべての事業上の指導者たちの支援を受けて、動員されない場合や、ロータリーとして根本的な性質や目的や制限などが適切でない場合は、団体奉仕活動としてではなく、個人的に活動すべきである。
2. ロータリー募金箱
ロータリークラブの社会奉仕活動は、本来慈善的な性格を持つものである。シカゴ・クラブの4つか5つの主要な奉仕活動は、慈善か、それに類した性格のものである。
純粋の慈善や博愛の活動は、クラブの通常会費以外の、自発的な年間寄付金として、1923年に設立され、1934年1月1日までには,80,000ドルを超えるまでになったクラブの【募金箱】によって運営されている。
我々が観察しようとしているロータリーとは、歴史的にも理論的にも、会員の間に『奉仕理念』を育み、『指導力を開発』していくための、実業家のクラブである。
前章で定義したような職業奉仕こそ、この理念を実践に移していく活動の重要な分野であることは間違いない。
慈善活動をさらに広げていくことが、ロータリーの目的であるなどと、簡単に認めるべきではなく、慈善活動は、元々、第三者からの批判に対して、クラブの存在をより正当化し、会員に遣り甲斐のある活動を与えたものに過ぎないのであって、この活動は、ロータリー以外のこの種のクラブの重要な役割なのである。
ロータリーの役割は社会的な指導力を高めること
シカゴ・ロータリークラブは、すでに、調査委員会が、福祉と慈善の分野においてロータリーとしてふさわしい活動であると信じるに足る能力を、【イリノイ州身体障害児協会】と【シカゴ青少年週間連盟】組織を結成する最初のきっかけを与える指導力として、一つの実例として形で表している。
もしロータリーの役割に対する我々の分析が正しければ、福祉の分野におけるクラブの活動とは、慈善活動を現実に直接的に個人で実行することよりも、先ず、事業や専門職種の分野において社会的な指導力や奉仕活動を進めていくことである。
ロータリーは、市民に対する指導力や市民に対する奉仕を進めることに関心を抱いているが、クラブが政党の役割を帯びたり、市当局の仕事を肩代わりすることを勧めるロータリアンは、誰一人としていない。
ロータリーの立場から、直接的に慈善活動を続けていくべきだという議論の真意は、参加者に有意義な事業に共に従事しているという満足感を与えるという視点から、親睦の理念を育んでいくことにあるように思われる。
組織という立場からは、この種の会員に満足感を与えるような活動に従事させることは、クラブにとってまったく適切なものであろう。
しかし、福祉の問題は、我々の現代の産業界における、個人的に素晴らしい活動によってすばやく簡単に処理すれば、それで足りるという考え方ではなく、地域社会や社会的な問題として解決しなければならないことが、だんだん分かってきた。
ロータリークラブとしては、最近ロータリー・クラブが携わってきた幾つかの慈善活動から得られたような、会員の純粋な気持ちに満足感を与えるような活動よりも、時代のニーズに適応した指導力という考え方から、社会問題を扱うという原則に立つことが、より重要なことだと思われる。
多くの社会科学者の判断では、福祉の分野における個人的な慈善活動を広げることは、個人的なものの考え方を強引に押し付けることになり兼ねないと思う。
特に、最近実施してきた社会や福祉の事業は、善意に基づいた必要性というよりも、むしろ、特別な訓練をするためとか、特別な背景を持ったものである。
もし、ロータリー・クラブが、クラブ・ハウスの建設を引き受けるに当たって、会員や委員会自身の考え方を取り入れて、みんなが好むような形の建物を作りたいという希望を実現しようと思えば、当然、強度や張力やバランスやデザインを充分理解している有能な建築家の意見を聞くに違いない。今日の福祉事業の分野においても、当然これと同じことが言えるのである。
これらの考え方を勘案して、調査委員会は次のことを提案するものである。
1. 社会的分野における奉仕の新しい機会は、シカゴ地域社会における活動一覧表にある44種類の活動に適応するかどうかを調査して捜しだすべきであって、単なる慈善のための新しい事業は、これ以上引き受けるべきではない。この一覧表には、ロータリーという組織が存在しなければ処理できなかった、本当の社会的なニーズが含まれている。シカゴ・ロータリークラブは、再び1922年の原則に戻って、新しい組織を設立したり、既存の組織の活動を調整するために努力することが要望される。そのためには、シカゴ・ロータリー財団は、資金を供給し、ニーズを調査し成果を上げる上で専門的な役割を果たすことができる、極めて貴重な存在である。
組織を設立することは、もともと、身体障害児や青少年週間活動で実行したことであり、その結果として達成された業績は、すべての点で価値があり適切な活動である。
いったん外郭団体を作り上げ、その役割にふさわしい活動が開始されれば、ロータリーはそれから手を引いて、新しい分野の奉仕活動を探すことが必要である。注意すべきことは、毎年、完結できるような新しいプロジェクトに集中することである。
2. そのようなプログラムを実行するために、クラブの会員は、社会奉仕の問題に精通した専門家のアドバイスを受け入れ、社会奉仕分野の社会学者や然るべき権威者と話し合うべきである。
調査委員会は、この報告書において、この大きくて困難な活動に関する、プロジェクトの詳しい内容を策定する意図はない。必要な知識を持ち合わせているクラブの会員が沢山いるので、もし彼らが、実行しなければならない必要性に気づけば、喜んで建設的な提案をするに違いない。
もしもこの件に関する効果的な何かをしようと思うのならば、社会科学者やソーシャル・ワーカーとの定期的な会合を持つことが不可欠であろう。
3.ロータリーと行政
ロータリーの目的として、“事業上の指導力”と“社会的な指導力”を備えることとがあげられるのと同時に、“市民に対して指導力”を発揮することも、ロータリーの真の目的の一つである。
クラブは、市民の問題全般を処理する【市民委員会】という委員会を持っている。ロータリアンは、陪審員としての奉仕、シカゴ防犯委員会の援助、投票棄権などのような問題は、クラブとしてではなく、個人として活動すべきであるという意見が大勢を占めている。それらの回答の大部分は、クラブ行動としてこれらの問題は不適当であると考えている。
ロータリーは市政を改善する組織ではなく、政党でも、陳情団体でも、宣伝組織でもない。
公的な活動分野における役割は、市民の問題について事業家たちを“教育”することと、これらの問題を処理する“指導力”をつけるように、彼らを訓練することである。
ロータリーの行政に対する影響力の重要性
今の方が、ロータリーが連邦や州や地方の行政の領域で活動する部分が、もっと大きく重要になってきていると述べておくほうが安全だと感じている。
連邦政府が関係している限り、政府と実業界の提携を認めた【全国産業復興法】が制定されたことは、経済界における生きざまを制御したり指示したりする職業上の代表権という、ロータリー組織の基本となる要素が、アメリカ合衆国によって認められたと言えよう。
そのやり方は、教育的な能力として、すでにロータリーには備わっているやり方である。また、ロータリーの根本となる部分は、政府が疑問を抱いていることに関して、個々の会員を教育することであって、個人を通じてこの教育過程の結果を広めるために、いろいろな職業に携わっている同僚たちと共に活動しているという事実を強調することが大切なのである。
決議を廃止し、議論と討論を盛んにすること
もし、いかなる政治的な問題も行政の問題も決議することができないことが、クラブの規則によって定められているならば、その時は、クラブが荷担しても論争に巻き込まれる恐れのない、教育問題のような争点について公に論じる方法がある。
これらの非常に重要な政治的な問題や、行政の問題に関する卓話者を招いて、プログラムの質を向上することができるに違いない。そこで状況が変わって、強い議論の対象となる問題を避けて通ろうとする代りに、これらの問題について本質的なレベルの高い議論を闘わせるように皆を訓練できるようになれば、プログラムの内容は更に豊かで興味深く価値あるものとなってくるに違いない。
そのためには、大きな重要性を持ったどのような問題でも、双方の立場を適正に表わすことを学ぶように注意しなければならない。
もし問題が非常に重大なものであれば、例え充分時間をかける可能性がない場合でも、プログラムの中で、同時に双方の意見を述べるように気配りをすることも大切である。そのような場合には、ある例会で一方の意見を述べ、次の例会でもう一方の意見を述べるようにすることもできる。
これらの争点となる問題について、議論と討論を採り入れなければならないもう一つ理由は、このようにめまぐるしく変化する時代には、クラブは、できる限り時代を先取りするような態勢で、会員を維持していかなければならない義務を負っているからである。
4年前に、アメリカ合衆国が金本位制を放棄する可能性があると述べた講演者に対して、その話を聞いた、アメリカのいかなる実業家の組織の人たちからの賛同を得ることも、まず不可能であったし、
同様に、2年前には、現在、国民産業復興機構の支配下にあるような、企業経営の手段として実業界と政府が共同で運営に当たるという方式に対して、それを聞いたほとんどの組織の実業家から賛同を得ることはできなかった。
それにもかかわらず、4年前や2年前に、これらの問題を提起した人がいたのである。
これらの2つの例は、事業に対する心構え以外に提案しなければならない適切な例である。これらの事実は、政治や行政の争点となる問題や、近い将来において、活動や生命の根源となるに違いないいろいろな問題を議論するに当たって、ロータリーが、実業界の指導者としていかに高い教育レベルを備えた会員を擁しているかという単なる一例に過ぎない。
今や、これまでは決してなかった、商業団体がアメリカ合衆国政府の計画の重要な部署として、公式に認められるようになった。
ロータリーの個々の会員は、ロータリーの原則に従って、ロータリークラブとして世間に知られている職業上の代表者という手段を通じて、自分が属する業界の道徳規準を昂揚するように努めることが重要な役割である。
ロータリーの代表者としての会員の役割
可能な限り多くのことを学び、世の中の歩みの中で得たものを、できる限り多くの職業上の仲間に再配分することが、個々のロータリアンの義務である。
経済界と政界とは、別々な水路を通って別々な海に流れる、2つの別々な川だと考えてはならない。
例え過去にどんな事例があったとしても、現在の我々の政治と経済体制は一つのものである。職業分類を基盤にしたロータリーの定款こそ、未来を正確に予測する、ほんの僅かな薄明かりになるものであろう。
ロータリーは事業だけを代表するものであるが、新しい政治や経済に基づく生活は、事業だけではなく、労働や農業などの問題が複雑に絡み合ったものである。社会構造の三大要素のそれぞれは、意識的に別々に存在し続けようとしているが、実業家、特に、事業の指導者たちは、これらの三大要素全体をいかにして前進させるべきかという情報を得ようと模索しているのである。
『要するに、調査委員会は、
シカゴ・ロータリークラブはこれまでよりも、政治や行政の問題に対してもっと積極的な関心を持つようにすること、
この関心を、クラブ例会における数多くの重要な政治や行政の問題に関する公開討論によって明確にすること、
これらの議論は、教養という利益となってクラブの会員個人個人に備わるはずであること、
クラブとしては決議によっていかなる行動も起こさないか、さもなければ、提示された問題についてどちらの側にもつかないことを、
勧告したい。』
この方法を取ることによって、シカゴ・ロータリークラブはいかなる議論にもクラブとして巻き込まれることなく、これらの会員個人個人が指導者となっているシカゴの実業界の対応を通じて、個々の会員にとって一般的な教育をする上での素晴らしい機関となることを、調査委員会は確信している。
親睦奉仕
ここでは、プログラムの問題点と共に、一般的な親睦の問題について議論した。親睦は、それ自体が最終の目的だとは考えられないが、ロータリーの他の目的や目標と関連づけねばならないことを指摘した。
さらに、クラブのプログラムが、会員に共通の目標に挑むために共に活動しているという精神的心理的な満足感を与えて、過去に批判を受けたような、若気の至りのような元気さを必要としない、深い親睦の出発点になる結果を必然的に生むことにつながることを指摘した。
プログラムはクラブ奉仕、親睦、事業上の指導力(職業奉仕)、市民への指導力(社会奉仕)、世界市民(国際奉仕)の機能の間でバランスが取れていること、純粋な娯楽のプログラムは避けること、形式的なことは最小限に減らすこと、5回の例会のうちの1回は卓話者なしでもっぱら親睦に励むこと、もっと多くの卓話者を会員の中から抜擢すること、公開フォーラムの昼食例会や夕食例会をもっと頻繁に開催すること等々を指摘した。
事業上の指導力
ここでは、職業奉仕の問題点を検討した。問題点は、現代社会において指導力を学ぶためには、集団的な技法をとる必要があること、実業界の問題点は個人個人の行動によっては解決されないこと、この指導力に対する集団的な研修を適用することは、ロータリーに与えられた一つの機会であることを論じた。
現在、職業奉仕の置かれている漠然として矛盾に満ちた意味合いは、様々な批判を浴びており、職業奉仕の活動は様々な評価を受けていて、これらの活動は、非常に不満足な状態にあることが分かった。
会員と地域社会の間で、率直で開かれたより良い取引を進めるように関心を向けることや、すべての職種における指導力を会員に体系的に学ばせる必要があることを主張した。政府と産業界が提携することは、ロータリーが備えている効果的な数々の指導力を、会員が発揮することを要請するものなので、ロータリーはニューディール政策に挑戦すべきであることを強調した。
市民への指導力
ここでは、ロータリーの様々な社会奉仕活動について議論した。決議34が、ロータリーの数多くの脱線を防げなかったことや、クラブ活動としてのほとんどの社会奉仕活動が、事業上の指導力の分野にあるロータリーの主要な目的とは無関係であることを述べた。
シカゴ・ロータリークラブの慈善活動を検証した結果、この活動はロータリーの目的にも、シカゴの地域社会の社会奉仕のニーズにも関連性がないので、現在の形で続けるべきかどうかという問題を提起した。
社会奉仕の分野における新しい機会は、専門家と相談した上で見つけ出し、国際ロータリーの決議34の原則に従って対応すべきである。この分野におけるロータリーの真の役割は、大多数の会員の関心を結集させて、他の機関がそれを取り上げる時点まで、ロータリー・クラブの継続的な義務としてではなく、すばやく実行に移すことによって、すでに、地域社会の他の団体によって適正に取り上げられていないプロジェクトを開始することにある。
社会的なニーズに適うという意味から、個人主義が跋扈する現代の大都市圏という条件の下で、表に出てこない散発的な慈善活動であることを強調しておきたい。
行政の分野に属する、論争のある問題を扱うことに対する、クラブの明らかな拒否反応が分析されて、もしクラブが議論を闘わせて特定の立場をとれば、内部のグループ間の意見の相違が生じる恐れがあり、クラブが分裂したり、重要な目的が妨げられる可能性があることが分かった。
そこで、再び、経済と政治活動の別々な流れを結合して、市民に対する指導力を発揮するための事業上の指導力を備えることを必要とする、ニューディール政策に対する挑戦の問題がクラブの前に提示された。
会員たちが、フォーラムや討論のプログラムを通じて、市民の問題について、心を開いて現実的に考えるように勧めると共に、争点となる政治問題を大胆に取り扱うべきであり、このプログラムを可能にするための特別な提案として、クラブは、特定の政治的な、または政府に対する提案に対して賛成反対の立場を表明する決議を採用する状況の下にはないので、細則を改正すべきであることを提案した。