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ロータリーの最大の役割と挑戦
(ROTARY ?)
調査委員会の意見としては、『奉仕と利益』や『指導力と収入』は、対称的で相反するいささか不可思議な現象であって、根本的に相容れない間違った考え方であるというこれらの反対は、見当違いなものだと考えている。
これらの2つのことがらは調和しなければならないし、もし調和しなければ、現在の経済体制における西欧文明の未来は存在しないことになる。
これを“調和”させることこそ、ロータリーの最大の役割であると共に、ロータリーの最大の挑戦でもある。
ロータリーとロータリアンの関心の上からも、実業と全体の繁栄に対する関心の上からも、真実の奉仕と指導力の上からも、シカゴ・ロータリークラブがこの機会を慎重に生かすことを希望するものである。
社会科学者よりも事業の経営者の方が、事業を伸ばしていく最も合法的で効果的な方法を判断できることは、当然なことなので、調査委員会としては、この分野における活動の詳細なプログラムを指摘することは避けたい。
今は半ば忘れかけているか、おぼろげにしか憶えていないような、事業を伸ばしていく具体的な方法や手段が繰り返されたことが、初期のクラブの歴史が証明している。
1915年と1934年1月に開かれたシカゴ・ロータリーの“ビジネス・ショー”は、単に職業上や個人にとって参考になっただけではなく、それを実際に試してみることによって、その会社から提供された商品やサービスの質を証明できるものであり、会員に対して、商品を試す利点を学ばせるものでもあった。
販売促進に関する体系的な学習が、クラブの活動として実行されたのである。その流れは、会員間の事業上の付き合いを深めるために採用され、高い評価を受けたその事業を進めていくことが、ロータリーの事業としてふさわしいという考え方が、ただちに会員たちの間に広がっていったのである。
みんなに必要な協力体制による利益
狭く閉ざされた考え方を頑なに守っていただけでは、単なる事業の発展は望めたとしても、それによって事業上の指導力を開発させることにはつながらないことは明らかである。
経済問題に関する知的な研究や、その問題を解決する共同の努力や、社会秩序や統合や計画を熟知させる試みなどの広い視野に立つことが早急に要求されている。
シカゴのロータリアンは事業上の相互扶助によって、自らを助けると共に地域社会を助けてきたし、間接的に、国や世界の繁栄が衰退していくのを助けてきたことにもなる。
しかし、信用と通貨、貿易と関税、借金と投資、為替管理と出入国などの問題をうまく処理して、国や世界を繁栄させるには、全国的世界的規模の事業家たちの共同の活動なしでは達成されない。
平均的な実業家は、大なり小なり、自分の事業がおびただしい数の不確定要素や、見かけ上の国の内外の経済状態という間接的な要因にさらされているという、複雑に絡み合った相互関係に支配されているために、心ならずも、厳しい状態におかれている自分の事業の諸問題に没頭せざるを得ない環境に置かれているからに過ぎない。
会計係の不正とか、広告担当者の無能とか、現場責任者の無力のために事業が傾いた実業家は、その問題の原因をつきとめてそれを改善する行動さえとれば、おそらく物事は解決するに違いない。
しかし、ウィーンの銀行危機や、バクーにおける石油の過剰生産や、独裁国家としてのヒトラーのナチ党員の熱狂ぶりや、戦時国債の償還に対するアメリカ下院議員の脳味噌の欠陥などの、いわば因果関係という長い鎖の結末として起こった不況に直面している事業の経営者たちは、その難問を正しく診断し、その対策がどこにあるか知ることは、決して容易いことではない。
従って、事業の指導力に関する知識をつけるという問題は、世界危機の原因かどうかは定かではないより間接的な社会問題に対して、自らでその裏に潜むものを感じ取れるように、実業家たちを教育しなければならないという問題に晒されているのである。
この考え方に沿って、会員に奉仕のあり方を教育することこそ、ロータリーが成し遂げることのできる、会員と世界に対する偉大なる価値を持った奉仕である。
ロータリーの会員は、世界中で最も素晴らしい精神を秘めているが、多くの他の善良な市民と同じように、ロータリアンは、経済問題の悲惨さに気づいていないというのが現実である。
ちょうど今、我々は不況の影響を感じて、その原因と対策について大騒ぎをしている。これをうまく進めていくには、次に述べる2つの考え方が重要である。
先ず第一に現在の不況は、この150年間に起こった最初のものに過ぎないものであって、恐らくこれが最後のものになるであろうという確約はまったくないということである。
将来起こるこれと同様な、またはより悪い条件を避ける唯一の希望は、将来の経済の混乱の原因を取り除くように、国内と世界の計画を達成しようという目的をもって、経済問題の根本的な研究をしている人々の善意にかかっている。
次に、政治と経済に対して、善良な市民たちの多くが明らかに無関心であることが、世界中の最も深刻な問題のうちの一つである。
もし我々の現在の経済体制と政治形態が、今までと同じように生き延びて、平和と繁栄をもたらす可能性を充分に実現しようと思うのならば、高い資質の社会的、精神的な背景を持っている多くの人々が、自分たちの無関心さから脱却するだけではなく、自分たちが満喫している素晴らしい利益は、それを満喫しているこれらの人々の個人的な犠牲によって得られたことに気づかなければならない。
ここにはまた、真の事業上の指導力を強めて、事業に対する教育を行う方向付けをいかに効果的にするかという可能性について、一部のロータリアンは絶望視しているという、非常に深刻な問題が存在する。
これらの難題は【職業秩序委員会】の議論の中で再三表面化した。すべての論争の争点は、親睦を裂くことに対する恐れと、意見の相違を避けようとするものであるが、早急に解決しなければならない問題については、もっと突っ込んだ論争が必要だと思う。
もしロータリアンが、客観的で公平な心を持って、生命とでも言うべき経済の問題についての考え方の違いを考える意思がないとか、これらの問題には興味がないとか、関税や戦時国債の話よりもゴルフやボーリングの方が好きだとか、偏見に凝り固まっていて、まじめな議論をすることを避けるとすれば、その時は、望ましい方向に向かって共に歩んでいくことは、明らかに不可能であろう。調査委員会は、例えこのような事態が起こったとしても、決して悲観する考えはない。
知的な事業上の指導者たちは、それらの問題を改善するための基本となるような物議をかもしだす問題に対して、会員の関心を喚起させるための具体的な課題に対する講義やフォーラムや討論のプログラムを通じたり、事情を熟知した専門家によってその事実を発表する機会を提供したり、実りが多い発想の交換を通じたりして、意見の合意を取り付けることによって、その機会を与えるはずだと考えているからである。
ロータリーが不況を克服しようと思うのならば、この提案をほのめかす以外に方法はない。
ここで示したすべての提案は、会員間にこれらの問題に関する指導力と、事業と経済問題の健全な考え方を開発して、ロータリアンを教育するために、ロータリー・クラブが体系的な方法で利用できるものであると同時に、利用しなければならないことである。
ロータリーに対する直接的な挑戦
商習慣に対してニュー・ディール政策が引き起こした激動は、資本主義体制において事業を成功させるためには不可欠な基本条件として、自由競争と個人主義を守ることを強調してきた実業界の考え方の中に、地震のように激しい衝撃を与えるものであった。
調査委員会としては、ニュー・ディール政策に対処することこそ、ロータリーが今まで経験したことのない最も大きい挑戦であると共に、その機会が到来したものだと考えている。
もしもロータリアンが、この政策に単に反対するだけではなく、整然とした態度で取引上の問題点を考え出して、同業者たちがこれを適用するように指導力を発揮すれば、職業奉仕は、今や政府が認めたプログラムとして真の意味を見出し、ロータリーの目的と活動の中で、崇高な位置を占めるようになることは間違いない。
従業員と消費者に対して公正な取引を保証するように指導者が基準を設けることによって、それに反対する少数の個人主義者を強制的に従わせるための、取引の指導者として認めようとする、アメリカ合衆国政府の姿があるのみである。
さらに、アメリカ合衆国の人々が、この政治的な圧力を受け入れる覚悟をした理由は、そのような公正な取引によってのみ、確実に継続的な利益が得られるだけではなく、危険性のないことが保証された継続的な購買力につながることを、やっと認識したためであると思われる。
多くの有能な第三者は、決して古い取り引きが復活することはなく、資本主義の経済体制の継続と利益とは、自由主義と自由競争に連動した断ちきることのできないものであることを確信しているに違いない。
従って、職業奉仕におけるロータリアンの大きい機会は、指導力が一般大衆の支持を受けたかどうか、政府の了解が得られたかどうかという状況によって発揮できるものであり、それが、業界組織の指導的立場にある会員の理念に重なってこそ現実のものとなるのである。
ここに、ロータリーがその責任を担うべき、市民や地域社会の企業に対する、ロータリーの偉大なる挑戦がある。現在のロータリアンは、最高の奉仕を実践することによって、従業員や消費者の手本となるような公正な取引を進める指導力にふさわしい、個々の取引に最高の理念や原則や習慣を樹立することによって、職業奉仕の指導力を発揮する機会を持っているのである。