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事業上の指導力
(ROTARY ?)
1. 職業奉仕とは何か
ロータリーの奉仕理念は、当世風にいう指導力、すなわち今日重大な局面を迎えている経済・政治・社会の諸問題を上手に処理していかなければならない事業主や専門職種の人たちの一部に備わっている、行動と考え方の指導力を発揮する、という条件の下だけで、実用的な効果を発揮できるものである。
しかし、奉仕理念が何らかの社会的意義を持っているのならば、指導力を発揮できることは当然のことである。ある会員は、このことを適切に述べている。
ロータリーの精神は、自己犠牲と奉仕の精神である。
ロータリーの目的は、その人の事業または専門職種、同業者組織、教会、社交クラブ、近隣などにおける奉仕を通じて、個人個人を訓練するというロータリーの活動を通じて達成されると一般的に考えられている。
この考え方から、団体活動は、奉仕をするために会員個人個人を訓練することに役立つ上で、重要なものであると考えられている。
また、緊急事態に際しては効果を発揮するものであって、意見の対立を乗り越えて、すべての会員の賛同を得た上でそれに対処すれば、個人が対処するよりもクラブで対処したほうが、効果的に実行できるという性格を持つものであることを強調しておきたい。
この立場を、ある程度はっきりと分かり易く、一般の人たちに表明する必要がある。もしも、その目的が、古い考え方による、いわゆる教育やインスピレーションによって奉仕を学ばせることならば、グループによる親睦や団体活動は、もろもろの社交的な付き合いによって奉仕したいという願いを、個人個人に浸透させる上で、重要な価値を持っていることが現実に理解できるに違いない。
もしも、その目的が、会員に指導力を学ばせるという意味で使われるならば、状況はたぶん違ったものとなってくるに違いない。
指導力とは、人生を歩んでいく各々の指導者が、自分の部下や追従者との関係において、独特な個人的な意義を持たなければならないと、各々が意識することでもある。
あらゆる点において現代社会の条件の下では、古い形の利己主義によって指導力を発揮することは不可能である。要求されるものは、様々な分野における指導者たちの集団としての考え方と団体活動であり、必要とされるものは、共通の目的のために団結して行動する指導者のグループという意図的な組織なのである。
要するに、その目標は、色々な分野で活動している数多くの個人の指導者を増やすだけではなく、共に活動する指導者の組織や団体を増やすことであり、ロータリーはそのようなことを推し進めていく機会を提供する組織なのである。
このような考え方によれば、ロータリーは単に教えたり、思いつかせたりするだけではなく、注目に値する問題について、会員たちが考えたり行動することを学ばせる組織でもある。
もし、その目的が、発想の交換をしたり、情報を集めたり、個々の問題に関する意見をはっきりした合意に到達させることであるとすれば、団体的な機能を持つことは、必要欠くべからざることであろう。
いったん合意に達すれば、個々の会員たちは、団体としての計画実現を目指して、思い思いの分野で活動することが可能となる。しかし、そのようなプログラムを堅実にやり遂げようとすれば、団体としての考え方や研究や討議だけではなく、一定の団体行動が必要となってくる。
強調しておきたいことは、特別な問題は、その内容に大なり小なり問題をかかえていると言うことである。しかし、指導力を訓練していこうという考え方は、たぶん、今までのやり方よりも、団体としての手法をより強調せざるを得ないだろう。
ロータリアンは職業上の代表者として選ばれているので、第三者は、職業奉仕がクラブ活動の中で最も重要な分野であることに気付くと共に、職業上の活動を通じて指導力を発揮するために、明確に定義された理念を持ち、クラブが上手に組織されていることに気づくに違いない。
実際は、シカゴ・ロータリークラブが関わっている団体的な職業奉仕活動は、四大奉仕の中で最も低い意義しか持っていないし、現実の問題として、国際奉仕もどちらかと言えば同じような状況にある。
クラブ奉仕は明らかに適切な具体的な意味を持っているし、社会奉仕活動は多彩で極めて活発である。しかし、職業奉仕は、シカゴのロータリアンの大部分にその明確な意味がまったく伝わっておらず、現実に会員の大部分は、自らの個人的な職業や技術を通じて効果的に奉仕をしているにもかかわらず、この分野に属するクラブの団体活動はほとんど無いか、あってもめちゃくちゃな状態である。
目的として述べられているように、利益と奉仕とを置き換えたことによって、今までは単なる職業上の活動であったものが、職業奉仕と表現されることは、いかにも不自然なことであった。
職業奉仕に、クラブ内で実行しなければならない、多少なりともお互いに漠然とした関係を持った、事業上の利益の増進、職業分類の充填、職業道徳、事業や専門職種の業界団体の設立、それぞれの事業や専門職種に貢献する一般的プログラムという、5つのはっきりとした機能を持っている。
表向きは隠されているものの、事業上の利益の増進がこの中の最初の目的であることは、事業を促進することが、ロータリーの特有の使命であることからも明らかである。
職業道徳については、その素晴らしい考え方と、実際の活動を推察する限り、少なくとも、その状況は落胆すべきものではない。奉仕理念が形成されたごく最初の頃から、顧客に満足感を与え、商慣習に高い道徳的規準を適用することが、職業を通じて奉仕をする最も重要な意義であることが当然だとされてきた。
ロータリーの重要な目的は、自分の職業を通じて個人個人が切磋琢磨することであって、例えどんなに深く望まれたとしても、ロータリー・クラブによる団体的な活動は二義的なことである。
さらに奉仕は、正直で、価値があり、公正でなければならないだけではなく、価値あるニーズの実現に役立たなければならない。ロータリー活動の重要な目的の一つは、自らの職業の価値を会員に浸透させると共に、世に有用な職業を通じて価値ある奉仕をすることを教えることである。
事業における真の成功とは、真の奉仕によって為し得るものであり、ロータリーは、悪い慣行を改め、善意に満ちた奉仕に転換することを商売人に気づかせるために、その裏づけとなる法律のような力強いものとして、存在しているのである。
すべての事柄には、悪い慣行がある反面、それに対抗するよい慣行もあるものであり、道徳的な感覚だけではなく物質的な面でも、よい慣行は、悪い慣行よりもさらに大きな満足感に浸れることは、数々の経験がこれを物語っている。
ロータリー職業倫理訓はこの分野における、ロータリーの努力の結晶である。様々な専門職種や事業の同業者団体が道徳律を採用したこともまた、ロータリーの提唱に大きく刺激された結果である。
シカゴ・ロータリークラブの【職業秩序委員会】は、職業上の活動に関連した事柄だけではなく、職業道徳の問題にも継続的な関心を払ってきた。
事業や専門職種の同業者団体における会員の活動に関連するアンケートと共に送られてきた、1922−23年の委員会活動に関する短い報告書を通じて、そのことを指摘することができる。
1923−24年に、ある会員の会社から送られてきた宣伝物に対する苦情を調査した結果、その文書はロータリーを商売に利用しているという過ちを犯していることを見つけ出し、理事会はその善処法を勧告した。
同じ年には、雇用者と従業員の関係についてのアンケートを実施している。1924−25年には、専門的な技術の業界におけるロータリアンの影響についての別のアンケートを実施し、結果的に455名の会員中239の会員が回答している。
この中で、180の業界組織に属する会員の報告書を通じて、110の業界が正しい職業道徳を適用するために、その手段として道徳律を採用していることが報告され、この調査は次の年にも続けられた。
1930−31年に委員会は、近隣クラブの例会のために、毎月、職業奉仕グループの会合を開く計画をたてたが、この提案に対する結末がどうなったかについての記録はない。1932−33年の状況を全体的に見ると、再び、業界団体に道徳律を正しく適用することを進めるという、同じような問題に取り組んでいる。
現実の問題として、職業道徳の分野が果した業績を、具体的な証拠として強く印象づけることは難しい。確かに、数多くの道徳律が様々な業界や組織に採用されたが、その道徳律によって実際に商慣習の規準か改善されたかどうかは定かではない。
職業秩序委員会は、シカゴのロータリアンの商習慣に対して具体的かつ実用的な考え方を提案して、今まで克服できなかった悪い慣行に立ち向かったのである。これらの悪い慣行は、個人的には非難すべき習慣であると共に、恣意的な目的を持ったやり方であり、会員個人個人にとっても不本意なものであった。
このような状況がいつまでも続く限り、職業秩序委員会は気軽にチャリティーをするように、可能な限り早急に、少しでも具体的に、道徳律の重要性を指摘しなければならないことは、誰の目にも明らかなことである。
もし、同業者の同僚に対してその団体に加わることを断るならば、そのロータリアンは、自分の職業に関するロータリーの大使として、ふさわしくないばかりでなく、いかなる意味においても、職業の指導者としてふさわしい存在ではない。
2. 職業奉仕はいかにあるべきか
この分野において何を為すべきかというすべての提案は、事業上の指導力を高めることは、ロータリー活動の中で最も重要なことであり、職業奉仕活動こそこの目的を達成するための、すべてのクラブ活動の中で最も重要なものであるという、この報告書の前提に基づくことが当然だと思われる。
しかし、事業上の指導力という言葉は、職業奉仕と同様に、その言葉自体は空虚な言葉に過ぎないものであり、その言葉の中に込められるべき内容こそ、その時代に特有な実業界のニーズを反映するものでなければならない。
最初に述べておかなければならないことは、現時点および過去3年の間において実業界が最も必要としていることは、少しでも事業を伸ばさなければならないということであった。
デフレーションや不況の時期には、どのような経営者でも、市場を守ったり、事業の機会を拡大する努力をいささかでもおろそかにすれば、自らや、自分の職業や、いかに有益な奉仕理念であろうとも、それを正当化することはできない。
ロータリークラブは、その組織や構成員のおかげで、広く地域社会を改善すると共に、会員に利益をもたらすために会員間の事業を発展させることに見事に適応した組織である。
3. 事業の促進は開かれたものか
ロータリアンが密かに事業の拡大を図るのではなく、堂々と意識的に生活したり事業に邁進できるような、事業の大切さが認識される画期的な日が、たぶん来るに違いない。
利益と奉仕との調和は、何といっても、ロータリーの中心をなす問題であると同時に、考えようによっては、20世紀の欲望に満ち溢れた社会の中心をなす問題である。
ロータリーは、空々しい時代遅れのブースター戦術をとるのではなく、事業上の諸問題を知的で体系的に研究をすることによって、一般的にいう「よりよい事業」を進めることに自らを捧げる必要がある。
事業が成り立たなければ、事業上の指導力もまったく必要がなくなる。
もしある職業が他の職業によって淘汰されれば、その職業による職業奉仕はできなくなる。これは根本的で基本的なことである。
あるシカゴロータリアンが適切に批評している。
ロータリアンの華奢な足にとって、事業とはあまりにも小さ過ぎて、汚すぎて、現実的過ぎるものなのだろうか?
実業家の団体に入っている事業家たちは、なぜ事業をさておいて、青少年活動や刑務所改善の活動に携わるべきだと声を大にしなければならないのだろうか?
現代社会における商売や事業は、惨憺たる状態にある。今日の産業界には、声を大にして解決を迫らなければならない問題が山積している。私は、このことこそロータリーが現実に活動し努力しなければならない分野であると、固く信じている。
もっと多くの知人とのつながりや友情や親睦を深めていくことに努力しなければならない。ロータリーの理念は、充分な取引によって事業の利益を増やすことによって、さらに多くのことが成し遂げられるものである。
我々のクラブでこれを改善すれば、会員の間のより多くの協力が得られるに違いない。
例えば、ロータリアンが、ロータリアンの事業のやり方が役立つことを認識して、その方針に沿ったやり方を公表すれば、みんなを助けることにつながる。
特に、サービスや品質については、ロータリアンが公正な取り決めをすれば、それが可能である。これらの取引が開かれたものであることは有益なことであり、ロータリアンが他のロータリアンを恨むべきではない。
率直さは信用につながり、信用は信頼を意味するからである。
調査委員会は、どのような提案にでも必ず反対があることに充分気づいている。事業を伸ばしていこうという目的を持っている実業家のクラブは、必ず利己的のためだという謗りを受けるものである。ロータリーは長い年月をかけて、利益という動機を捨て去った。
会員の大多数は、ロータリーの付き合いは、事業を発展させるために、意識的かつ体系的に使うべきであるという提案に、大きな衝撃を受けた。奉仕抜きの利益という考え方は、“奉仕プラス利益”という考え方に取って代られ、深く心の中に植え付けられていった。