![]()
親 睦 奉 仕
(ROTARY ?)
ロータリーの原動力である『親睦』こそ、この組織の必要条件ともいえる大原則である。
会員間の心のこもった人間関係の促進は、この活動の偉大なる源ともなったきっかけの一つであり、それ以降ずっと、シカゴ・ロータリークラブはもちろんのこと、すべてのロータリーの活動の根幹となってきた。圧倒的大多数の会員は、親睦の価値こそ、組織における他のなにものにも変えがたい大切なものであると考えている。
すでに第3章において、奉仕の理想に関連した親睦と、クラブ内で進めていく親睦との【2つの親睦】の考え方があることを議論したことを思い出してもらいたい。
お互いに肩を叩き合ったり、単に仲間が集まるような形の自己満足の親睦は、必ずといっていいほど、社会に奉仕するために経験を分かち合ったり、共通な目的を持ちながら協力して活動しようとする努力が成長した形の親睦よりも、奉仕理念を実行に移す際に効果が発揮できないことを、ここで改めて指摘しておきたい。この分析をここで再検討する必要はないが、親睦と親睦活動を評価するための基準を決めておくべきであろう。
ある意味では、親睦だけを分離して議論するのは技法上の問題に過ぎず、親睦とは、すべてのロータリーの機能を浸透させる上で欠かすことのできない真の原動力の原因と結果の双方であって、ここで分類したクラブ奉仕、事業上の指導力、市民に対する指導力、世界市民などというその他のクラブ機能とは、明らかに別の次元のものである。
それにもかかわらず、この分野において最初に注目された委員会活動として、またすべての親睦活動の焦点として欠かすことのできない毎週の昼食例会プログラムとして、親睦をより広めより深めるための手段や方法が考えられてきたことは、意義深いことである。
成熟した今の時代でも、深い友情や親睦の感情は、無頓着で、幸福で、陽気な友情として光り輝いていた若者や少年時代の行動を採り入れることによって、うまく培われるという仮定に基づいたものである。
ロータリーは少年時代の組織を採用し、ファースト・ネームで呼び合う親睦と心温まる友情によって、子供たちが成長していく何万倍にも相当する、若者らしい幸せな健全さを取り戻したのである。
「若者に戻るという喜びは、努力してみる価値のあることだ。我々のうちの何人かは少年時代に帰って仕事をすることが必要であり、老人の頑固さが消える前に、その栄光を勝ち取らなければならない。」この考え方の結果として、ファースト・ネームやニック・ネームを使う習慣が生まれた。
「すべての活動には、若者たちが帽子を取って、自分たちが愛する大学を賛えて歌うプリンストンとエールの試合に見られるような、勇気と自由奔放さを自らが謳歌する歌が必要である。」
背中を叩き合ったり、握手をするという親しみをこめた和やかな雰囲気は日常的なものとなり、ロータリアンは再び少年時代を取り戻した。
会員個人個人が携わっている事業に関するプログラムをもっと多くすべきである。
それはたぶん、友人のライフ・ワークや自分の事業に関する直接的な情報と同じくらい、興味と魅力がある情報に違いない。
会員自身によるプログラムをもっと多くしてもらいたい。会員自身が携わっている事業や専門職種に関連するプログラムを、8週間ごとに実施すべきである。
我々が聞かなくてはならない崇高な理論の代りに、30分でもいいから実用的な事柄について話をしてもらいたい。
大学の講義ではなく、事業や実務的なことを話すべきである。
卓話のほとんどは大学教授と平和主義者の話ばかりなので、我々が現在求めている、わが国の現状を熟知している成功した実業家からの話をもっと多く聞きたい。
ほとんどが有料の著名な卓話者であり、年がら年中、講演料の支払いに追い回されている。ロータリーの大切な目的、特に綱領の第2項目に関する建設的な話をもっと多くしてもらいたい。話し合いをする機会をもっと増やそうという話し合いが必要である。