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伸 び 行 く 悩 み
(This Rotarian Age F)
そのようにして月日の推移とともに漸く台頭して来たものは、ロータリー内部における思想の対立であった。
ロータリーへの適応性において、最も重要で最も優秀な機能の一つと考えられた職業奉仕(Vocational Service)の支持者は、社会奉仕(Community Service)が多くのクラブ、殊に比較的小さな土地におけるクラブの関心を容易に独占したという事実を、ある種の羨望をもって眺めるようになった。
いやしくも、文化的良心に覚めた大小数百の都市は、新時代に適合して国内一流の進歩的優良都市たろうと努力した。
少年音楽団は、その根の発見される限り到る所に培育され、少年キャンプ団もまた、各都市において発会式をあげ始めた。衰退に瀕した旧商業会議所は、復活し、その存在のない地には新たなものの設立を見た。
この間、ロータリアンは単なる慫慂観説の役割に止まらず、しばしば事の全過程に参与し、資金上の寄与をなし得なかった人は労役をもってそれに替えた。
小町村におけるロータリアンは、露営を作る場合の「器用者」でなければならなかった。釘を抜き得る者は大工の資格を与えられたと同時に、薬種または化粧品の商売人が、必要の前には煉瓦師とも鉛管工ともならねばならなかった。婦人達は美味なる食事を提供し、時にロータリーの友愛圏に入り込んだのであった。
丸木小屋の昔から、かってこのような事態は経験されなかったところであって、市民の心境には、既に重大な変化がきていた。積み重ねた年月を振い落して、再び少年時代に立ち戻ったかのようであった。昔の渋面は微笑に変わり、古くからの反目の焔は、燃え続けようにも憎悪の焚木の足りなくなって、漸く火の衰えようとした時、いわゆる社会奉仕は、自ずから所を得たのであった。
一般社会事業が、比較的よく組織されていた大都会においては、このロータリーの社会愛表現の形式は、おおむね既成機関との協力の仕方をとった。
また、イギリスその他北米大陸以外の諸国においては、この社会奉仕は既成の制度の不足を補うのに、適当な方法をもって提供された。
合衆国およびカナダにおいては、ロータリーの模範にならって、類似の目的を標榜する幾多の団体が出現した。なかんずくキワニス(Kiwanis)とライオンズ(Lions)とは、会員数においてロータリーの次に位するものとなった。
ロータリーはこれらの団体の出現を悉く歓迎し、これに助力を与えることをもって、喜ぶべき特権であると考えた。これら姉妹団体の達成した著しい効果は、ロータリーの上記のような思想態度に対する、十分な報償となっている。
少年問題に関する事業は、数年の間、舞台の中心を占領していたが、やがて一つの競争者は現われた。すなわち、オハイオ州エリリア市の優秀な一市民が、秘蔵のある案件を携えて、ロータリーに入り込んできたのであった。
彼は、その抱懐する計画に配するに、ロータリアンの背景をもってしようとする特殊の目的をもって、同地のロータリー・クラブに、入会を申し込んだのである。その計画とは、すなわち身体障害児の保護、施療、教育であった。
彼エドガー・アレンについて物語ることは、古今を通ずる最大の人道主義的貢献の、一つを記録することである。彼が、不幸な児童のためにその自然の権利であるべき生活権を、確保しようとするに当って、その運動の本拠に、ロータリーを選んだことは、ロータリーにとり、多大な名誉であったといわざるを得ない。
かくて、国際身体障害児協会は、主としてロータリアンの努力を通じ、身体障害児の福祉増進を目的とする、40有余の州機関および地方機関を樹立している。
もし、ロータリーはレーゾンデートル(存在理由)に不足してはいないかとの、疑念をもつ読者があるならば、ロータリーの前般の社会奉仕が、幾百万の身体障害児に独立性を付与し、幸福で有用な生活を営み得るに、至らしめたという事実を想起されることを望む。この功績は、あげてエドガー・アレンとその協力者に帰すべきものである。
他面、職業奉仕、すなわち各実業界および職業界に向かって、高尚な倫理規準と理想との、醸成設定を期する奉仕こそ、ロータリー本来の機能の中で、最も重大視すべきものである、と主張したロータリアンは、またその方面の寄与に怠りはなかった。
すなわち、彼らの尽力によって、合衆国内に設立された実業家、職業人の全国的団体は少なからぬ数に上り、ロータリーの倫理規準は、多くそれら団体の採用するところとなったのであった。仮に一歩を譲って、それら団体における倫理規準の採用が、これにより、必ずしも団員個々の向上を保証したものではなかったとしても、少なくとも、それが正しい方向をとる重大な心機転換となったことは、否定し得ないであろう。
ロータリーの最も有力な指導者であって、この方面の運動に深く傾倒している人々は次のように主張する。
ロータリーは、実業家、職業人の組織する団体であるから、実業および職業上の問題にのみ、力を注ぐべきものである。クラブ員を、一業一員と限定する制度は、職業奉仕に関してこそ意義があるけれども、社会奉仕に関しては何らの意義をもなさない。社会奉仕は、広くこれに関心をもつ人々を参加させるべきである。
またあるいは主張して、職業奉仕は国内および国際実業団体を通じてロータリーの勢力を非ロータリアンの間に伝播し得るという点において、この方針を選ぶのが切実であることを力説した。
もし、ロータリアンが精進一番、実業界の伝道師をもって自ら任ずるならば、一般の実業道徳は、速やかに高尚な水準に向上するであろうと言うのであった。
すべての考慮を、職業奉仕に集中しようとする思想は、理論的帰結において一つの事態を想定するものであった。
実業道徳の向上を、唯一の目的とする世界的大同団結なるものは、単にそれ自体において大きな価値をもつのみならず、さらに各国間の親善増進に寄与するという点で、間接に発揮し得る価値の驚くべきものがあろう。
しかし、ロータリーは創立以来、その若干の目的中に特にある優位を許与したことはかってなかったのである。そして第2の復興を思うのには既に時が遅かった。
比較的小さな都市においては、社会奉仕は各方面から要求された。それには特に深い理由があったわけではなく、理論あるいは研究よりも、直ちに実行を必要としたからであった。少数の人を使用するに過ぎない事業家にとっては、雇主対使用人の問題に至っては切実性がなかったのである。
また指導者中のある者は、社会奉仕に敢えて反対ではないが、クラブはクラブとして、直接にその方面に参与すべきものではなく、他の団体の主導するこの種の運動に、クラブ員が個々に参加することを奨励する程度に止めるべきである。
ただし、他に適当な団体の存在しない場合が稀にあるとすれば、その出現をみるまで、ロータリー・クラブが運動を主導するのも、またやむを得ぬであろう、との意見であった。
結局、ロータリーが一業一代表員の会員制度を持続する限り、言論的唱道機関に止まるべきであって、要望のあることを世に訴え、これに対応する運動の誘発に、助力を与えることを最善の道とすべしというのが、理論派の見解であった。
はなはだしいのは彼らの中に、少年問題運動および身体障害児救済運動の支持者は不誠実であるとすら、非難するに至った若干があった。
すなわち、社会福祉派ロータリアンは、ロータリーの限定会員制度が利己主義と解せられることに、極力反対するのにもかかわらず、それだけの熱意を、その奉仕には傾注しないではないかと、非難するのであった。
これに対して、少年問題運動および身体障害児運動に熱中する人々は、一片の理論あるいは不誠実の名をもってする非難を、黙受するものではなかった。彼らにとっては、理論は第2の問題で、奉仕の実行を理想とするところから、言論的唱道機関に止まろうとするのは、責任回避に外ならなかった。
行き過ぎを恐れるのではなく、恐れるのは奉仕のための絶好な機会を失うことで、ロータリーが一つの会食をなし、シガーをくゆらし、歌を歌い演説を試み肩を叩きあう会合に終ることのないようにとのことであった。
彼らの高唱する正統主義は、奉仕の正統主義以外の何物でもなかった。説教は説教者に一任すべし、我々には実行あるのみ。よろしく、共に奮起しようと要望したのであった。
このようにして、名実ともに奉仕の集合体となった各ロータリー・クラブが、いやしくも、奉仕を要求する社会事業という社会事業のすべてに対し、一致して援助の手を差し延べるに至った時、会員中の思考的分子は、また彼らの執着した理論の跡形もなく抹消されないことを、警告して起ったのであった。
1923年セントルイス大会の会期中にクライマックスは来た。
その時、決議第34号という記念すべき一大決議は、席捲するが如くにあらゆる分裂の危険性を解消しさったのであった。
この決議は、一方において、個々のクラブに対し事業上の完全な自治を認めるとともに、他方において一つの行動が他の行動を無視すべきでないことを厳に戒告したのであった。
まことにこれは、相拮抗する諸勢力を協調させた最も聡明で時機を得た決議であって、これによって、始めて当時鬱積した空気を清掃し得たのである。
この決議は、主としてテネシー州ナッシュビル・ロータリアンの輝かしい威勳に帰せられるべきものであった。
一つの小都市に、50名ないし100名の会員からなるロータリー・クラブが存在する時、その勢力はよくその小都市の品位を左右し得るものであるかどうか。
おそらく、ロータリー・クラブがその存在する都市の品性に影響を及ぼしたことは、既に明瞭に実証されているところであって、ことに、その影響が小さな土地ほど、顕著であることは当然であろう。
往時、華やかなりし小都市の頽廃無気力になっていたものが、ロータリーが出現したために、生気を恢復した例もはなはだ少なくない。
実際、ちまたに公共的精神がなく、家に饒舌とゴシップとが瀰漫する都会の生活は、往々娼婦的とならざるを得ない。小都会における生活状態は、精神がまず満ちて、物質表面が整うのである。
ロータリーの出現以来、大変化を来して、紛々たる闘争や末梢的嫉視は、高尚な文化的意識と、真摯な協同精神とに代ったとは、小都市のロータリアンが、今日までに、しばしば深い感銘をもって報告しているところである。
合衆国内の幾多の小都市の蕪雑性は、ロータリーおよびそのあとを追う同種団体の出現によって、旧態を一変したとは、タフト大統領時代の医務局長であったチャールズ・E・バーカーの、裏書きした報告であった。一千に近い小都市を実地見聞したバーカー博士は、その言うべきことを知っていた。
曰く、幸福な社会生活の鍵は共愛和衷であると。
ロータリーのこの効果は、ロータリークラブ都市連合会(Intercity Meeting)を通じ、各都市間の関係に実現された。
すなわち、各都市の代表的実業家が相会することにより、そこに平生の痛烈な競争は緩和せられ、共同提携の精神の発揚される機会が、多分に生じたことは当然である。この種の連合会は、数年来大小都市のロータリー・クラブに共通な事業となっている。
都市連合会は、しばしば25ないし30都市のクラブ代表者をもって開催されるが、地区大会(District Conference)となると、一層広く百をも数える都市より集合し、さらに、国際大会は実に五十有余国の代表者が参加する。
ロータリアンは、国内を旅行する時はもちろん、国外においても、事情の許す限り、行く先のロータリー・クラブの会合に出席する。
かくて、ロータリーは相反する利害関係をいかに調整融和すべきかにつき、特別の考慮を払ってきたが、相拮抗する双方の人々を、一に友愛の雰囲気のうちに集めて、驚くべき成果を収め得ることを実験したのである。
反目の焔が燃え上がり、あるいは内燃するところ、ロータリーが真価を発揮すべき機会は、正にそこにある。
農業階級が、実業人に対する信頼を失ったといえば、実業人は、速やかに農業者を招じて集会を催す。唱歌、歓待、ねんごろに語り合う間に、主客は自ずから知識を交換し、そこに必ずや相互の諒解親善は期して待つべきものがある。
たとえ小地方だといっても、僅かに50人をもってよくその地の品性を一変せしめ得るであろうか。
然り、たとえ一人の力をもってしても、改良は可能であり、また改悪もなし得る。もし、一人の社会指導者があって、その家庭生活の不純なものであるならば、直ちに多数人の見習う悪の模範になり、もし、彼の生活が社会奉仕をむねとするものならば、彼の都邑は住むによい楽土と化すであろう。
ロータリーの活動は、公私の両面にわたる広範な奉仕の全野をおおうものであって、個々クラブ員は、各自独特な嗜好と傾向とに従って、適宜な奉仕を選択し得るものである。
是認されている諸種の活動の全体に向かって、その身を捧げるというようなロータリアンは、あるいは多くを見ることはできないかも知れない。しかし、完全円満なロータリアンは、必ずや最良の市民であり、その郷土としている社会の至宝であることを失わない。
そして、ロータリーの指導者といわれるほどの人は、大抵この種の人材である。
完全円満なロータリアンの関心は常に次の諸項にあるものである。
第1、 クラブ奉仕――所属クラブの会務に関する事項
第2、 職業奉仕――所属業界の倫理的向上に関する事項
第3、 社会奉仕――所属社会の福祉増進に関する事項
第4、 国際奉仕――国際的親善理解の増進
エジンバラのステフェンソン博士(Dr. Stephenson)はいう。
「真の目的はただ一つである、それは人生を支配する最も適切な原動力として奉仕の観念を発揚することである。」と。
現在、われわれが目的と呼んでいる若干のものを、彼は唯一の目的を達成するための手段方法と、考えているのである。
国際ロータリー幹事ペリーは、『奉仕』をもってロータリーの基本大道となし、四つの主要機能はその基本大道を構成する通路であるとなしている。
世界大戦の惨禍ほど、国際親善の切実性を強調したものはない。国土と国土とは相近接し、しかも、将来再戦の危惧が常に念頭をおおうヨーロッパ諸国のロータリアンにとっては、その活動の緊要性は、いよいよ益々大であるといわねばならない。
ここに、ロータリーは一大難事の解決に向かう、新たな接近の道を提供する。
すなわち、奉仕の大理想の上に、堅く結合した実業家職業人の、全世界的友誼である。
あいあいたる友愛の世界にのみ幸福は存在する。
共通一致の理想、すなわち『奉仕の理想』に基づいて、結び交わした世界的な人の和は、これは実に霊感的な威力ではないだろうか。
このような親和の前には、いかに大きな事柄も可能でなければならない。
すなわち国際的理解・親善も、世界の平和もそれである。
ロータリアンが、ロータリーによって与えられ、今やその掌中にある、国際親善増進の努力に参加できる機会は、いかに貴重なものであることか。
この努力の中にはおよそ偉大な運動の本質的な要素のすべてが含まれている。
曰く、理想を追う希望、曰く、該博な認識、曰く、広大無辺な自由精神であって、これ皆ロータリーの精神的内容に符節を合わせるものではないだろうか。
また、不幸な人々に対する同情に溢れる慈悲心を持ち、エリコヘの路上における善きサマリヤ人のように、行きて倒れんとする人々を起して、救助の手を下す数千のロータリアンがある。
またあるいは、ロータリーの最大の効用は、来らんとする次の時代の責任を背負う若人のために、その生活方針を教導するところにあると、信ずるロータリアンがある。著者の立場はそのいずれをも考えず、またこれを批判しようとするものでもない。
各種類の奉仕の支持者は、ひとしく誠実であることを著者は衷心より信じている。同時に、進歩の大敵である無関心という罪悪に陥ることを怖れる著者は、ロータリーがその高く掲揚する Service Above Self 『奉仕第一、自己第二』主義を、よく実行するか否かの問題に対する程に、奉仕はいずれの種類のものを選ぶべきかの問題には余り関心をもっていない。
【いやしくも、有用な奉仕である限り、それがいかなる種類のものであってもこれに反対しないものである。けだし、会員の個人的傾向とその土地の事情とに最も適合した行動を慎重に選択しようとすることが、現在のロータリーの大方針であって、この方針に順応して行くことが、最良の結果を、挙げ得る所以であると、著者は信ずるものである。】
全体的一致ということは余りに広範で予期し難い。
もし、ロータリーが自らを最もよく活用し得る道は何かと問えば、恐らく15万ロータリアンの中の、ただ2人の間においてすら、答案の全面的一致は望まれないであろう。
人の心の異なること、その面の異なる如くである。思惟の影は色の影よりもはるかに多種多様であり、これを変化せしめることもまた至難である。
人の確信はその気質、遺伝性、環境、経験等の幾多の要因の影響が相寄ってこれを形成するものであるから、指導者たる者はあくまでも寛容に、大度忍耐をもって事の判断に従う用意がなければならない。独断的なロータリーの主張は所詮無益である。
各種各態の奉仕行動に関する比較計量の問題は、長くがくがくと議論されてきた。ロータリーの牧犬が郡羊を所定の牧場に導こうとして、あるいは誘い、あるいは追ったりして、おおわらわの奮闘を続けている間に、羊の多くは彼ら自身の好む草原の選択を事として止まなかった。
このような状態を眺めて、彼らをその好む所に解放したときには、果してどこに駆け去るであろうかという懸念が発生してきた。
アメリカの大都市においては、再び1905年の発足点に立ち戻って同気相よる友愛の空気に浸り、ただそれのみに満足することを願うロータリアンも少なくないようである。
類をもって集まる本能は原始的なものだけに、往々他の一切の考慮を遮断する。そして、それはセメントのように、ロータリーの内にも凝結しているのである。ロータリーも他の運動と同じく、指導者なくして行き得るものではない。
商業会議所においてもその他いずれの団体を問わず、目的達成のためには、常に時と努力とあらゆる手段とを尽くす決意を要する。
比較的少数の意志強固な献身的指導者の努力によって、その成績は挙げられるのであって、それは一つの時代相である。思慮ある指導者は、多数者のために最善のものを完成しようとする着眼から、各員の傾向と要求とをつぶさに研究する。
ロータリーに参加することは、無益ではないと知るならば、そこにロータリーから受ける、少なくともある利益はあるのであって、また、この運動のために働くことの、満足が生まれるのである。
ロータリアンが、クラブの例会に毎回規則的に出席するのは、その交友和親が、彼の生活に豊かな潤沢を与え、提供される教養上のプログラムが、彼の知的並びに道徳的向上に、役立つことを認めるためである。
一定団体の目的を認識することは、その団体を支持し讃仰するに至る前提条件である。
商業会議所あるいは慈善事業団体等の尺度をもって計る時は、ロータリーの成果はあるいは不満足なものであるかも知れないが、ロータリーの尺度をもって前者を測定すれば、その答えはまた同じく不満足なものであろう。
しかるに、十分な予備知識を有せずに、ある目的またはその成果に、あわただしい判定を下そうとする人がはなはだ少なくない。
ロータリーは、各種の産業団体または慈善事業団体の分野において、それらと地歩を競い得るものでないことは明らかである。また、ロータリーはその目的の範囲を越えた事柄に関しては、無役であっていささかも差し支えはない。
ロータリーの目的の主張は、勧告であって禁制ではない。消極的でなくして積極的な生活の慫慂である。もし、会員が称賛されるとすれば、これはひとえに、彼らの実際上の行為によるものであって、決して彼らの言語によるものではない。
以上の諸事業に関しては、いずれも少なからぬ好結果を挙げてきたが、同時にそれは他の目的に役立っている。
すなわち、これがために総合的な実験を大成することであって、個々の成功程度が、自ずから段階を示すことにより、取捨選択の結果、あるものは今後も継続反覆され、またあるものは、廃止されることになるのである。
ロータリーの帰着すべき最善の適所は、果してどこにあるのか、まだ全く明示されていない。われわれは、捲土重来進んで、そして退いてはならない。
フランク・ラム著『実業家の見たロータリー』第1ページより下の言葉を引用する。
「6人のインドスタン盲人が象を見ようとしたお伽噺詩がある。
第1の盲人は象の大きな硬い胴を撞いてみて、象とは壁のようなものだと怒鳴った。第2の盲人は象は槍のようなものだと叫んだ。彼は象の牙に触れたのであった。第3は鼻を撫でてみて象は蛇のようなものであると断言した。
第4は太い脚の一本をなでてみて、象は立木のようなものだろうと言い放った。第5はたまたま耳に触れ、象というこの珍しい動物は団扇によく似ていると主張した。第6番目は確信をもって象は綱のようなものであると言い切った。彼は象の尾を掴んでいた。」
「ロータリアンの中には、この噺の盲人に似ているものがある。ロータリーの特定の目的、特殊の行動、またはある成果を捉えて、直ちに本質的なもののように思惟し、あえてこれがロータリーであると声明する。このようにして、各々ロータリーの本質的な点を見出したと称し、または、ある行動を重視し、もしくはある所産にのみ、深い関心をもつというような事実は、もって、ロータリーの全体を知る資料とはならない、却って、それならばロータリーとは何かという議論を引き起し、インドスタンの六盲のように、断定的強弁的論争を喧しくすることになる。」
註 これらインドスタンの人々は、それぞれの意見を主張して、声高く長い間わめき合った。各人それぞれ少しずつ正しいところはある。しかし全体的に言えば、みな間違えているのだ。