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産業における将来の人的資源
(奉仕こそわがつとめJ)
もしあらゆる人びとが突然に「奉仕こそわがつとめ」であるということを悟ったとすれば、なんとこの世の中はすばらしい世界となるでしょう。不満や不和は溶け去るでしょう。生産や分配を妨げる山のような問題も解決できるようになるでしょう。協同作業は、疑惑や失望に取って代わるでしょう。
そこではすべての人が、自然の生き方として自然に――わざとではなく――職業奉仕に生きている……と言ったような工場、事務所、または小売店を想像してごらんなさい。競争者としてあるいは顧客として、そのような組織となんらかのかかわりを持つことは、どんなにか楽しいことでありましょう。
利己心――偏見――恐慌――などは、過去の苛酷な経験によって多くの人たちの心の中に刻み込まれたのでしょう。
もし我々が本当にこの夢を実現しようと思うならば、最も有望な対象はこれから初めて職業生活に入ろうとしている新世代の労働者でありましょう。
これらの若人たちにとっては、奉仕こそわがつとめという観念は興味津々たる可能性を含んでおります。
その下に隠された青年の正体は理想主義的なのであります。
彼らは実業生活に入る時、その信じようとする意欲は強く、希望は高いのであります。これら希望に満ちた若人たちの雇主は、社会へ奉仕する素晴らしい機会を持つのであります。――それは力強くつかむことのできる一つの機会であります。
国際ロータリーの企画委員会は、次の声明に青年の雇主である全ロータリアンの注意を喚起することを勧告しております。
産業における将来の人的資源
1. 産業に従事していて、青年期の若い人たちの雇主であったり、あるいは学校を卒業したばかりの若者を使っていたりするすべてのロータリアンは、作業場であると工場であると、はたまた事務所であるとを問わず、常にその雇っているそれらの人たちすべての友だちであり、忠告者でなければならない。――作業時間中において特にその必要は大きい。
2. 雇主はこの目的を達するために、雇い入れを考慮中の、あるいは既に雇い入れた若い人たち全部と個別に面接して次のことを説明するよう勧告する:
(イ) 生活の糧を得る方法としての労働と、人生を生きる方途としての労働との相違;
(ロ) 彼が新たに入った人生の新局面が、彼自身および社会に対して持つ重要な意義;
(ハ) 本当の意味の、そして実際的な教育と学問は、学校を出てから始まるもので、その時に終わるものではないと言う事実;
(ニ) 人生と職業において成功を収めるためには、職業活動と技能に加うるに、更にいっそうの学問的かつ科学的知識の修得が不可欠であるということ;
(ホ) 知識と教育を向上させる努力から無限の満足と幸福が得られると言うこと;このような努力は、そして、それが良い行為と的福利と共に物質的福利をも生み出すと言うこと;
(ヘ) ロータリアンである雇主は個人的に彼または彼女に関心を持っており、そして真の友人であり忠告者であると考えてよろしいと言うこと。
3. 若人の雇主である各ロータリアンは、これらの従業員たちの身体の安寧に積極的な関心を持ち、そして彼らを身体鍛錬学級に参加するよう奨励すること。
4. 若人(特に新卒業生)の雇主たるロータリアンは、ほとんどどこの市や町にもある昼間または夜間学校の施設を利用して、これらの若人たちが引き続き勉強するよう勧奨すること。
5. ロータリアンは、これらの若人たちがその商社や会社にはいって来たならば、仕事上の技術や興味を身につけさせる誘因となるような、良い習慣や態度を彼らが習得するよう彼らを導き得る職長や係長の監督下に彼らが配置されるよう特別の注意を払うこと。
6. ロータリアンの若人に対する個人的な関心を、出来得ればその両親に知せ、そして彼らの最大の激励と協力を求めること。