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従業員に対する公正な扱い
(奉仕こそわがつとめH)
人を仕事に縛りつける契約は、それが明文によるものであろうと、合意によるものであろうと、“誠意”が重んじられなければなりません。
雇主の立場からいえば、彼の事業のもとでなされる仕事は、彼が社会に送り出す商品であります。
誠実な仕事は、事業成功に不可欠であり、誠実な従業員は、その最大の資産であります。
従業員にとって、この契約はあらゆる財貨のうちで最も貴重なもの、すなわち、彼自身の生命に関連しています。
すなわち、彼は彼を雇っている事業体の中に、自己の生命を投資しているからです。彼の過去における経験も、現在の地位も、そして未来の希望も、すべてこの重大な契約の中に、含まれているのです。
もし、彼がその精力と技能の提供に対する報償として、「公正な扱いを受けている。」という自信が無いとしたら、彼は、深い失意に陥ります。そして、それは彼の能率を阻害するかもしれません。
人間の価値は、もちろん雇主の出来心や慈悲心で、決定されるものではありません。
5ドルの価のある、一本の鉄棒をかいた漫画があります。その同じ鉄棒が、蹄鉄に造られると、10ドル50セントの価値を生じます。針に造り上げると、それは3,285ドルの価値を持つに至り、更に、それを時計の平衡発条にすれば、実に25万ドルの価値の物になるのであります。
いかなる物の価値も、その材料が何であるかということよりも、“それがどんな役に立つか”によって決定されるのであります。
人間の場合でも同じであります。彼らの経済価値は、彼らが“何を生産するか”によってきまります。そして、それは更にまたきわめて複雑ないろいろの事情によって左右されるものであります。
公正な対従業員関係を、実際に達成することが困難だということは、そのような公正な扱いを求める“誠意”の必要を、ますます増すのであります。
“報酬の公正な基準”を確立するための、公然たる、かつ熱心な努力が必要であります。
適性検査や、業務分析等の近代科学は、同じ事業に従事する従業員の、相対的価値を決定するのに役立ちます。しかしながら、適材を適所に置き、仕事の難易、および経験の有無に応じて、その適正な価値を定めたとしても、それが、どれだけの給料を、支払わなければならないかということを、決定するものではありません。せいぜい、人間の能力がよく活用されて、その結果、みんなのためになる、というくらいのものであります。
スイスのあるロータリアンは、従業員の間に給料のことで、多くの苦情やねたみのあった工場で、一つの簡単な給与決定の方法を編み出しました。
基本給は、年齢と扶養家族の多少にしたがって、段階的に定められました。これに、それぞれの仕事に必要な技巧や経験の程度に基礎づけられた、いわゆる能力給が加えられました。そして、更にこれに加えて、生産高に応じて生産高給ともいうべきものが支払われました。
その計画の各部分は、共通の点数制によって評価されますので、労働者は、その地位の向上を計るには、どうすればよいかということを、はっきり知ることができるというところから、満足感が生まれ出ました。
生産を増せば、自動的に給料袋に反映するという確信によって、欲望を、常に建設的努力に向けることができたとしたら、それは理想的でありましょう。
アメリカ合衆国産業会議は、「標準労働量」の批判的研究を発表しました。
この計画の一つの成果は、製品の出来損ないが減ったことでありました。それは作業員が、廃品の一片は皆自分の勤務評定に影響するということを、知っているからであります。
また、製造工程の短縮を工夫しようとする熱意や、管理者との、より密接な関係が結果として現われています。
彼は、その従業員を、その工場に来た注文の実質上の下請人としました。
雇主は、材料と機械を提供し、そして経営費を負担しました。労働者たちは、自分にも、会社にも、そして顧客にも、公正と考えられる賃率で、その労力を提供しました。
この下請契約が、承諾された瞬間から、その労働者たちは、自分自身の親方となったのであります。彼らは、早く働けば働くほど、より多くの注文をこなすことができ、そして、それだけ自分の賃銀が、高くはね上がることになりました。
この計画は、それによって正確な原価管理ができるので、会社にとっても、有利でありました。そして、従業員の満足という結果は、驚くべきものでありました。
事業の安定は、単に株主ばかりでなく、世界経済を毒して来た景気大変動の波によって、影響を受けるすべての人を、喜ばせるものであります。最も影響を受けるものは、不景気の時代に、一時解雇される従業員であります。
彼の事業は季節的性質のもので、このような一時解雇は、全く普通のことで、一般に行なわれる慣例でした。
しかし、それは果たして、“すべての関係者に公正”なものであったでしょうか?
綿密な計画によって、彼はその事業を再組織して、すべての従業員が、年給で雇われるようにすることができました。この計画の鍵は、融通性でありました。新しい従業員は、忙しい所にいつでもふり向けられる予備隊に、編入されました。
全職場が、ことごとく予備隊として組織されました。この方法によって、彼の労働部隊は、ほとんど一年中いそがしく稼ぎを続けることができるようになりました。
この計画に、部門別の能率給制度、および利益分配法が加味された場合、それが労働者にとって満足すべきものである。
ロータリアンおよびその他の人びとが、従業員に公正な待遇を与えるために、励んでいるすべての努力の中で、最も肝要なことは、拡大と能率の向上と、それから従業員の満足感とであります。
公正な取引においては、従業員は、雇主が示す誠意によって納得し、力づけられて、その役割を果たすのであります。
彼は、会社と利害を共にし、将来の望みを共にするようになります。彼は、不景気に備えて、利潤を蓄積し、労働の生産性を改善するために、新機械に投資する資本の役割を、理解するようになります。
「我々の目標は、自主的で、かつまた相互依存的な、財産所有権認知の民主主義を樹立するにある。この中に私は、妥当な産業における利潤分配制度、および、雇主と賃銀労働者との間の親密な談合を含める。我々は、賃銀労働者の地位を、無責任な従業員でなくして、【協同経営者】たらしめるようできうる限り努力する。」
この理想を実現する第一歩は恐らく、雇主が、各自の従業員の報酬と昇進に関する現在の規定を、細心なる検討に付することでしょう。
彼らは、「仕事の誘因」について、書いたある英国のロータリアンが、その著書の中で提案している、次のような質問を自問して見るのも面白いでしょう:
(1) 生産に携わる人たちは、果たして経営の全面から公正な扱いを受けつつあるか?
(2)彼らは安定感を持っているか?
(3)彼らの健康管理について常に努力が払われているか?
(4)彼らの給料はちゃんとした生活を保証するに足るか?
(5)彼らは、能力さえあれば昇進できるという確信を持っているか?
(6)最高の刺激である創造的活動が喚起されているか?
(7)彼らは、その行なう仕事の中に人間の尊厳感を見いだしているか?
(8)彼らは義務観念を持ち、社会に対する責任と義務との精神を取得するようにしむけられているか?
(9)彼らは、人間の尊厳は免れ得ない義務の遂行を意味することを理解しているか?
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彼自身の良き意図に対して信頼を植えつけることは、好意と真摯な努力を吹き込まんとするいかなる雇主にとっても大切なことであります。