それは真実であるか?

(奉仕こそわがつとめE)

 

 商業上の信頼は、事実と正確な意思表示の上にその基礎が置かれています。幾千万という意思表示が、毎日あらゆる種類の商行為において、あらゆる意志伝達の方法を通じて行なわれております。

その一つ一つの場合が皆、個人の誠実を一般的な繁栄に結びつける、誠意の試金石となるのであります。

 

その中でも“広告”はこれらの意思表示の最大多数を占めておりまして、公衆の信頼に対して最も間断なき影響力を持っているのであります。

広告のために費やされる巨額の金は販売高の増加とこれに伴う雇傭者の増加によって、容易に正当づけられております。

しかし、広告にかける費用よりもっと大切なことは、すべての広告者がその広告文に厳格に適用しなければならない「それは真実であるか?」という設問の中に含まれている要望であります。

 

 良心的で率直な広告にはまだ十分な販売力があるということは、荒野の叫びとしてしばしば聞かれる声であります。

一般の人は広告する人が考えているよりも、もっと常識があり、もっと良い趣味を持っております。

人びとは繰り返している虚偽に屈服することもあるかもしれません。しかし、詭弁は最後には人びとに無関心と幻滅を与えるのであります。人びとには、追い回されていたという憤激の感情が生じます。

人びとは「いったい何が起こっているのか」を必死に知ろうとします。人びとは真実に飢えているのです。  

 

 一つの話の中に、劇的に説明されております。アイオワ州のある百貨店の広告係主任が病気で、その新任の副主任が懸命に事務の代行に当たっていました。ぶっきらぼうで有名なその店の店主が、その事務所にはいってきました。

 

「ねえ、君」と、彼は話しかけました、「レインコート売場に、何か興味をひき起こすようなことをやってくれたまえ。実をいうと、なんとか処分しなければならないレインコートがたくさんあるんだ。それは店晒しになったもので、中には傷んだものもあるので、捨て値で売ろうというのだ。

そこでまずお客さんにそれを買わせるように仕向けなければならないのだ。その中には良い物もまざっている。しかし、もし売ることができなければ、いっそ河に流してしまったほうがましなくらいだ。」

 

 この若い店員は、万事心得ています。と請け合いました。

その翌朝、店主が店の広告を読もうと朝刊を開いたとたんに、大あらしが起こりました。なんと彼の言葉がそのまま太字で、でかでかと出ているではありませんか。

 

「実をいうと、われわれは処分しなければならないレインコートをたくさん手持ちしています。それは店晒し品で、中に傷んだ物もあります。われわれは、それを捨て値で提供します。」

 

 店主はこぶしを固めて卓をたたいたので、皿は躍りコーヒーはこぼれました。

彼は続けて読みました。「その中には良いものも混ざっていますが、もし売れなければ河に流してしまう外ないでしょう。」

 なおも憤激に身をふるわせながら、店主は店に着くなり、広告係の事務所に突進しました。その途中、行き合った彼の経営相棒は彼に尋ねました。

「あなたはレインコートのことを聞きましたか?」

「聞いたかって?これから行って、あの馬鹿野郎をたたき出してくれるところだ。」

 

「それではあなたはまだ何も聞いていないのですな。」と相棒は言いました。

「店では混雑を整理しきれなかったほどでした。広告したレインコートは、店を開いてから30分で全部売り切れました。あの広告が素晴らしかったのです。その絶対的な率直さがお客の気に入ったらしいのです。」

 

 だが、すべての事実の誇張やわい曲は現実に信用を失墜させるのです。

それは単にその広告ばかりではなく、すべての広告およびすべての商売の信用をもなくすのです。もしだれも信じないとしたら、広告に払われる巨額の金は全く無駄になります。

 

このようないきさつから、“広告の真実”ということのための運動がはじめられ、この運動は長い間続けられ、着々と成功を収め、そして遂に、偽りや詐欺の摘発のために組織的努力をささげる、【商業改善事務所】の設立を見るに至ったのであります。

 “真実”ということが商業改善事務所の第1の目的であります。“真実”はその武器であります。

 

 多くの実業人は、その経営体のあらゆる分野を通じて、“誠実”ということがいかに重要であるかを認識して、

「それは真実であるか?」という設問を、事業上のあらゆる決定、あらゆる取引きの際の物差しにしております。

 

彼らは、各従業員に常時それを用いるように指令しました。なぜなら、信頼を破壊するものは、悪意の無い過失ではなくて、故意の虚言と欺瞞だからであります。

 

 職業の日常業務のいかなる点、いかなる面においても、真実を求めてやまないという熱情は、ただ徐々に、そして組織的方法によってのみ培養され得るものであります。

しかも職業はそれによって計り知れない利益を得るのであります。ひとたびごまかしや欺瞞が容赦なく払拭されたならば、誠意と信頼はいっそう大きな奉仕への道を開くでしょう。