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四つのテスト
(「我が自叙伝」・ハーバート・J・テーラー著より抜粋)
神はあなたがた一人一人のために
ふさわしいご計画を
お持ちになる
他人に思いやりをもって尽くすことは、一生懸命働くことと同じく、良い市民生活を送るというばかりでなく、結局は大きな報酬となって自分に返ってくるものなのである。こうした私の信念は、年が経つにつれ益々強固なものになってきている。
ジュエル・ティ−会社での私の昇進は早かった。まず本店支配人、次に社長補佐、そして副社長。1929年には社長カーカー氏の次に位置する取締役副社長となった。この時の給与・ボーナスを合わせると年収3万3千ドルにも達した。それに当時はまだ所得税というものがなかった。
このように自分の稼ぎについて触れたのは他でもない、次にお話する出来事に関連があるからである。
その出来事とは、
もし、神が何を自分達にお望みかを知って、それに従い生きれば、一時は忍耐を強いられるかもしれないが、結局は、すべて上首尾に行くのだということを証して余りあるお話なのである。
その時、私は次期社長候補となっていたが、折も折り、シカゴのコンチネンタル・ナショナル銀行副社長が、カーカー氏にこう頼み込んで来たのである。
「テーラー氏の時間を半分割いて、クラブ・アルミニュウム製品会社が、破産しないように、手を貸してもらえまいか。」と。
私は、ジュエル社で生産販売部門の責任者でよい業績を上げていたので、その銀行家は、私なら弱体化したクラブ・アルミニュウム製品会社に乗り込んで行って、この会社を破産から救い、そこで働いている約250名の人々の職を、守ってくれるだろうと判断したのだろう。
1930年という年には、大恐慌のいやな日々が続き、何百万という人々が職を失い、会社はいたる処で破産に瀕していた。銀行さえも、安全ではなかった。この時代は、我が国の歴史上でも、極度に困難な時代であった。
それは、この時代の苦労を知る世代の人々が、そういった混乱を、次の世代の人々が味わわなくても済むようにと、それを自分達の一生の課題として、この時代の本質を見極め、それを教訓となし、一生懸命働いて来たような時代だったのである。
カーカー氏は、私が時間を半分割いて、クラブ・アルミニュウム製品会社で働くことに賛成してくれた。そこで、私は自分の選んだ数名のスタッフ共々、その会社に乗り込んだ。机の上に資料を集め、この会社が、係争中の訴訟事件を調べてみて、この会社には、40万ドルの借金があることを掴んだ。
クラブ・アルミニュウム製品会社には、全資産をもってしても、如何ともしがたい負債があるのだ。債権者が3人もかたまれば、会社を破産させることもできるのだ。欲目でみても、荒涼たる光景としか言いようのない有様であった。報告書を債権者会議に提出したところ、大多数の意見は、もう会社を閉鎖したらどうかというものだった。
経済学者によっては、最も深刻な不況の年と言われている、1932年には、クラブ・アルミニュウム製品会社を救い、そこで働く人々の職を確保する手立ては、もはや残されていないように思われた。
カーカー氏でさえ、クラブ・アルミニュウム製品会社はもう見込みがないから、ジュエル・ティー会社へ戻ってこいと、言ったほどだ。しかし、私の心の内で、何か不可思議なことが起こり始めていた。
ジュエル・ティー会社に戻って、3万3千ドルという素晴らしい年俸を得るのと、クラブ・アルミニュウム製品会社に、無報酬で留まるのと見比べてみて、ふとこんな考えが、心に浮かんだのである。
「ひょっとしたら、神が本当にお望みなのは、私がここで留まり働くことではないか。」と。
それまでの、クラブ・アルミニュウム製品会社での経験は短いものであったが、何と言おうか、全くすばらしいものであった。
――困難な解決しがたい問題に直面し、神のご助力を乞い、神が私に、どうしろとお望みなのかを、祈り知ろうとする毎日だった。神は、私が社長としてクラブ・アルミニュウム製品会社で、続けて働くことを、お望みなのではなかろうか。
この件に関して、私は長い祈りを神に捧げた。この会社に残ることは、誰の目から見ても、当然賢いことではないだろう。しかし、これが神のお示しになった道だという思いは、私から離れなかった。この会社こそ、神が私のために選んで下さったのではないか。――
我が第二の人生を全うするために、この会社で働いて、将来、この会社の経営方針を、自分の手で決められるようになれば、私は、今より数倍の時間を神の御奉仕のために使える。私はこう考えたのである。そこで私は、自分が神に導かれているのだという確信を益々強め、迷うことなく我が道を定めた。
当然、将来に対する不安はあったが、前途に待ち受けている、やり甲斐のある仕事に、益々熱意を燃やして、まずは、ジュエル・ティー会社に辞表を出し、それから、私名義のジュエル社の株を担保に、6千100ドル借金して、法人組織を再編して、年俸6千ドルで、クラブ・アルミニュウム製品会社に収まった。当時、この会社を救えると本気で思っていたのは、私だけではあるまいか。私は確信していたのだ。なにしろ、私の行動は聖書のお告げによるのだからと。
『四つのテスト』に関しては、すでに今まで沢山の記事が書かれてきた。今さら、という感もないではないが、それができた経緯について、ここで書いておくのが、最もふさわしいことだと考える。
『四つのテスト』とは、4項目の小文字からできていて、私が深い祈りを捧げた末に、書き上げたものである。この『四つのテスト』のおかげで、クラブ・アルミニュウム製品会社の経営が、軌道に乗ったばかりでなく、それは過分のことに、世界中の幾十万の人々の人生にも、大きな影響を与えて、その人生を変えたとのことである。
皆さんに、ここでよく考えていただきたい。自分自身を神の手に委ね、如何なる困難な状況にあっても、神の御心に従うのなら、物事は結果的には、すべてうまくいくのはどうしてだろうかと。
それは、もし“正直”・“公平”・“善意”というキリスト教的徳目をもってして事にあたり、さらに、キリストと聖霊とに祈り縋って、理解を求むるならば、人は、自ら正しい道を歩むことになると同時に、神が、自分の人生に何をお望みなのかが、はっきりと分かってくるからである。そうすれば、神の御加護なしで生きるよりも、どれほど、豊かな人生を過ごすことが出来るようになるだろう。
私の言わんとすることは、次に述べる『四つのテスト』にまつわるお話をお読み下されば、よくお分かりいただけると思う。ポールズヴァリーでの日々以来、神がお望みになることは必ず実現されるのだ、ということを疑ったことがない。
「神が、250名もの人々の職が失われ、彼らが無一文になって良いなどと、お考えになるはずがないのだ。神は、確固としたご計画があるが故に、クラブ・アルミニュウム製品会社で働け。」と、私におっしゃっているのだ。
私はそう確信した。そこで、まず第1にしなければならないことは、どんな商売をするにしても、欠くことの出来ないことだが、高邁な倫理・道徳に基づいた会社の経営方針を固めることだった。
クラブ・アルミニュウム製品会社で、働く人々の考えが正しければ、行いも正しくなるだろう。私達が、必要としていたものは何か、こう簡単で、すぐに覚えられるような行動方針――そう、倫理の物差しとでも言ったらよいだろうか、会社の者が暗記できて、取引きの際、考え・言葉・行い・すべての面に応用できる倫理基準――それが必要だった。
この要求に適うものがあるかと、多くの本をひっくり返してみたが、適当なものは見付からなかった。そこで私は、自分の力だけでは答えられない時に、よくするように、すべてをお見通しの全能なる神に、すべてを委ねることにした。
私は頭を手で支え、机によりかかって神に祈った。と、暫くして私は顔を上げ、紙に手をのばしたかと思うと、何やらそこに書き付けていたのである。
一、 真実か どうか
二、 みんなに公平か
三、 好意と友情を深めるか
四、 みんなのためになるかどうか
私は、これを『四つのテスト』と呼び、私達が考えたり、言ったり、行なったりする際の、指針にしようと考えた。
私は、まず第一のテスト――【真実かどうか】――を仕事上の問題すべてに当てはめてみようと、心に決めた。手始めに、机の上に、新聞か何かに出す広告の文句を書いた紙切れがあったので、それに応用してみることにした。その紙切れには、“当社は、世界で一番の生産高を誇る、台所用品メーカーである。”とあった。私達はこの広告の内容を保証できないし、保証する手立てもない。
そこで私は、広告の責任者を呼んで、これからは誇大広告はまかりならぬと釘をさした。“1番の”とか“最大の”とかいう最上級は、もう使わないようにしようと。また、“他のブランドより優れた”というのも止めようと。
私は彼に言った。
「これからは、私達の製品に関して私達が知っている事実だけを広告することにしよう。」と。
それから約2ヶ月、この『四つのテスト』について色々考え、仕事上のいくつかの問題や、ケースに当てはめた末、私は、会社の4人の部課長を呼んで、『四つのテスト』について彼らと話し合った。因みに、彼らの宗教は、それぞれローマン・カトリック、クリスチャン・サイエンス、ユダヤ教、長老派と分かれていた。私は彼らに尋ねた。
「『四つのテスト』は、自分の信じる宗教・信条に反したところがあるかどうか。」と。彼らは、私が手渡した『四つのテスト』が記された原稿に注意深く目を通してから「いいえ。」と答えて、早速『四つのテスト』を暗記し、会社で用いることに同意した。
次の段階は、会社の全社員に、この『四つのテスト』を知らしめ、仕事上、取り引き上、彼らが考えたり、言ったり、行ったりすることすべてに『四つのテスト』を応用してもらうことだ。
かくして、『四つのテスト』は、クラブ・アルミニュウム社の経営方針となった。このテスト方式を用いて、社員が仕事をするようにということになったのである。いや、仕事のみならず、私としては、私生活においても、彼らに『四つのテスト』を用いてほしかったのである。
とは言え、『四つのテスト』を、すべて仕事に当てはめることは、時として、相当厳しい場合もあった。なにしろ、手許に資金がほとんどない時代なのだから。会社は依然として破産状態だった。そして、時あたかも、全国に不況の波が渦巻いていた。当社の有能なセールスマンの1人――私は彼の判断に重きを置いていた――が、ある日、私の許に来て言った。
「『四つのテスト』を、このままの調子で実施し続ければ、売り上げに多大な損害を与えるでしょう。」と。彼は続けた。
「以前、私達がしてきたことは、ディーラーに出来るだけ多くの品物を売ることなのです。それが、ディーラーに如何に負担になろうともね。」
ディーラーは、必要以上に多くの品物を仕入れ、在庫として持っていた。その結果、ディーラーは、それほど品物を必要としていない消費者に対しても、どうにかして、品物を売り捌かねばならなくなる。
「そういった従来のやり方は『四つのテスト』の第3項に違反しているね。」と私は答えた。
「そういったやり方では、ディーラーとも、消費者とも、好意を持ち合うことは出来ないし、それはまた、明らかに第4項の【みんなのためになるかどうか】にも抵触するね。」
そこで私は、以後、『四つのテスト』に添って、販売活動するよう彼に言った。「結局、そうする方が長い目でみたら得になるんだよ。」と。
『四つのテスト』を実行しているのは、なにもセールスマンばかりではなかった。私は、社員の名刺の裏に『四つのテスト』の文面を印刷させたのだ。
そして、当社のセールスマンには、まあこんなふうに切り出しなさいと教育を施した。
「もちろん、私はこの通り実行できないかもしれませんから、もし、私のいたらない点にお気付きになりましたら、そうおっしゃって下さい。ご希望に添うよう努力致しますから。」
このテストは、多大な成果を生み出した。ディーラーを説得して、必要以上の品物を買わせる代わりに、セールスマンは、ディーラーの相談役となって、ディーラーに、消費者にはどのくらいの品物が売り捌けるかその決定を委ねた。
また、セールスマンは、品物がうまく売れるよう様々な忠告や情報をディーラーに与えるようになった。
その結果、ディーラーから新たな信頼を勝ち得たことは言うまでもない。この空気は、ディーラーから消費者へ伝わり、販売は少しづつ、上向きになり始めた。
そうこうするうち、私達自身が、『四つのテスト』を応用して良かったかどうかという、テストを受ける羽目になった。ある日のこと、当社のセールス・マネージャーが、部屋に飛び込んで来るやいなや、息も絶え絶え言うことには、5万点以上の台所用品の注文が、取れるかもしれないと言うのだ。それは、夏のことで、販売業績もさほど良くなっておらず、私達は、依然とし破産状態にあった頃の話である。そんなに素晴らしい注文が取れたらと、誰もが思った。
しかし、問題がひとつあった。セールス・マネージャーは、一瞬『四つのテスト』に思いを巡らし、
「だけど、この注文主は、製品を割り引いて売るつもりらしいのです。とすると、それは私達の製品を、宣伝・販売してくれている常連のディーラーに対して、公平を欠くことになります。彼らは、常に定価通り売っていますから。定価通り売るつもりがないとすると…。」と言った。
私達は、仕方なくこの取引きを諦めた。しかし、この取引きを中止したことは、破産状態にあっては大変な痛手で、最も辛い決定だった。が、こういった特別の取引きを、例外としてやってしまえば、それは、私達が常日頃原則としている『四つのテスト』を、自ら嘲笑することになってしまう。
ある時、ある印刷屋に仕事を頼んだことがあった。なぜといって、その印刷屋の言い値が、他の印刷屋のそれより500ドル安かったからである。さて、出来上がった印刷物を受けとる段になった時、この印刷屋が言うことには、見積りの計算違いで、言い値より500ドル高くなってしまったと言うのである。
彼の計算違いに対して、料金を支払う必要があるだろうか。当社にとっては、取っておきの500ドルなのだ。そこで、重役にこの件について相談した。
ある重役は、「当社に何の落ち度はない。従って500ドルは、印刷屋の方で負担すべきだ。」と言った。
別の重役は、「しかし、それは『四つのテスト』の第二項に抵触するんじゃないかな。もし、印刷屋が単純な計算違いをしたというのが本当なら、彼に、その金額を負担させるのは、【みんなに公平】にならないよ。まず、それが不注意で生じたのかどうか、調べてみる必要がありそうだ。」と言った。
少し調べてみると、その印刷屋の間違いは、故意のものではないことが分かった。そこで、会社は彼にその500ドルを支払ったのである。
『四つのテスト』なかりせば、そう出来たかどうか…?
『四つのテスト』を、出来るだけ忠実に実行することによって、私達は、ディーラーと消費者だけでなく、私達同業者の間にも、善意を築くことが出来るようになった。同業者の製品を、こきおろすことなどしなかったのだ。
実際、何か言って善意を育む種になること以外、私達は、同業者に対して口を噤んでいた。『四つのテスト』を適用し、同業者でも褒めるべきものは褒めたので、私達の業界は、ディーラー、消費者双方から高い評価を得た。又、その結果、私達の業界の販売は、全体で大幅に増えたのである。
神の御加護――『四つのテスト』――これは私の祈りに、神が答えて下さった贈り物である。善良な社員、良質の製品といった、いろいろの幸運が重なり合って、会社は5年間で40万ドルの借金を、返済することが出来た。もちろん、利子をも含めて、1ドル残さず返済したのである。当初、債権者の何人かは、1ドルにつき10セント返してくれればそれで充分だと言ってくれた。
しかし、彼らに損をさせたくなかった。そこで、債権者にもう暫く待って下さいと言い、その結果、彼らは全額受け取ることが出来たのである。
次の15年間で、当社は100万ドル以上の株式配当を、支払うことができるようになり、会社の純資産は、100万ドルを遥かに越え、750万ドルにまで達した。
私が、経営につぎ込んだ当初資金は、私がクラブ・アルミニュウム製品会社に入社した時、それまで勤めていた、ジュエル・ティー会社から借りた6千100ドルだけで、それ以外は、この奇跡的とも言える20年間に一銭たりとも、投資しなかったのである。
ジュエル・ティー会社と、クラブ・アルミニュウム製品会社の、どちらを取るべきか思いあぐねた際に、神の御助力を祈り求め、クラブ・アルミニュウム製品会社の、基本的経営方針を創る際にも、神の御助力を得て、(この祈りの結果が『四つのテスト』となった。)私は、神のお導きのままに、仕事をしてきたのである。
これで、この本をここまで読み進まれてきた方々には、私が、ここまでやってこれたのも、神の御助力があったればこそだ、ということがよくお分かりいただけたと思う。
しかし、『四つのテスト』がもたらした成果は、仕事の上だけに限られたものではない。
というより、『四つのテスト』が最も有益で役に立ったのは、なんと言っても、一般の人間関係においてである。
事実、事業の成功を足場にして、『四つのテスト』をさらに広めることによって、神への関わりを求め、倫理・道徳の大切さを知ることが大事であることを、浸透させなければ、事業に成功したことなど何の役にも立たないであろう。
とはいえ、『四つのテスト』が、広く知られるようになったのは、ようやく、1940年代の始めになってからのことである。この時になって始めて、このテストは、世界中の職場・学校・家庭その他諸々の団体において、使われるようになり始めたのだった。その経緯経過については、後にふれることにして、話をクラブ・アルミニュウム製品会社が、生き残らんと孤軍奮闘していた時期のことに戻そうと思う。
ご記憶のことと思うが、神が私にお与え下さった第2の人生とは、思い通りになる会社に入り、その会社の方針を定め、その結果得た時間で、キリスト教の役に立つ活動に、参加するというものであった。
さて、そうこうするうち、私は仕事の一部から手を引き、自分の時間が少しもてるようになったのである。『四つのテスト』も成ったし、仕事もこんなにうまくいくとは思いもよらなかったが、神はすべてをご承知だったのだ。
そこで、神は私にまた新たな仕事をお与えになったのである。それは、私が将来にわたって、全力投球できるような仕事であった。すなわち、私は、会社で働く時間が減った分だけ、給料も減らし、青年の心に、キリスト教的人格が育つようにと、その方面の仕事に入っていった。
誰であろうと、生きていく上でどんな立場にあろうとも、人生に、目的も希望もなく、恵みも夢もないなどということはあり得ない。次の章で触れる青年達にもこれはあてはまる。
とはいえ、人生はいつも順風満帆とは限らない。これらの青年達も、逆境と混乱の真只中から抜け出て、幸福な、そして役立つ人間になったのである。
彼らは、自信に満ちあふれ、人間に満足している。それに、彼らには、何より威厳がある。誰もが、そうありたいと切実に思うだろう。彼らは、自分が何をなすべきかを、見い出したのだ。彼らについての物語は、劇的できっと読者を引きつけるに違いないと思う。