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国際ロータリー第2680地区 2003〜2004年度
Lend a Hand 手を貸そう |
会 長 重兼 亘 例会日 毎週金曜日 12時30分〜13 時30分
幹 事 塚崎 純 例会場 上郡町商工会館2階
会 報 杉本 吉弘 事務局 上郡町商工会内 TEL 0791-52-3710 FAX 0791-52-3833
E-mail:kamigori@gold.ocn.ne.jp http://kamigori-rc.itss.ac/
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2003年 10月 03日 VOL.41 NO.13
点鍾・ソング
君が代 奉仕の理想 村祭り
お 祝
結婚記念日祝 白岩一心会員 河本博会員 東昭二会員
奥様誕生日祝 徳永和夫会員
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来客・来訪会員
相生RC 黒田会員 湊会員 石原会員
出席報告
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会員数 |
出 席 |
M U |
免 除 |
欠 席 |
出席率 |
前々回修正率 |
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29 |
26 |
1 |
0 |
2 |
93.31 |
93.31 |
会長の時間 重兼 亘 会長
昔のジャーナリスト仲間と時々懇談するのですが、最近、米国から帰ってきたS紙の論説委員から聞いた話ですが、アメリカの企業三悪というのがあるそうです。
マイクロソフト、コカコーラ、それにディズニーなんですが共通しているのはいずれも高収益企業でどれもがミラクルな部分で大稼ぎしているということです。ウインドウズは世界市場の85%でその寡占ぶりにハッカーの攻撃が相次いでいます。コカコーラもその原液の秘密は誰もわからず、多くの有害物質が含まれているというウワサがたえず、ひとつ攻撃に火がつけば大きな拡がりを見せるでしょう。ディズニーも同様。ミッキーマウスのダンスに法外なギャラをとる。これは単なるぬいぐるみではなく、時空を越えて魂が飛んできてぬいぐるみに宿る。その間浦安のディズニーランドでミッキ−が踊ることはない。ミッキ−は単なるぬいぐるみでないというのがミソ。でも、どんな仕掛けにしようがウソっぽい。そんな怪しげなところに消費者の怒りが噴出寸前というわけだ。
著作権、知的所有権はもちろん保護されるべきものだが、変な理屈やブラックボックスで暴利をむさぼるのはいかがなものであろうか。
職業奉仕の原点を考えるべきではなかろうか。
幹事報告 塚崎 純 幹事
○ 直前ガバナー・直前会計より、2002〜2003年度地区会計決算のご報告拝受。
○ ガバナー事務所より、地区大会登録のお願い。
開催日:2004年2月7日(土)・8日(日)
開催地:神戸ポートピアホテル
○ 姫路南ロータリークラブより、例会臨時変更ご通知
10月20日(月) PM5:30分〜
○ 姫路中央ロータリークラブより、例会臨時変更ご通知拝受。
10月16日(木) 姫路RCとの交流例会
23日(木) 職場例会
○ (財)ひょうご子どもと家庭福祉財団よりサマープログラム募金の協力のお礼状拝受。
○ 相生ロータリークラブより、例会臨時変更と大阪国際大会S.A.Aの英語を話せる会員のご協力者の報告依頼。
西播第2グループI・M登録のお願い。
SAA 深澤 景弘SAA
相生RC黒田会員‥‥久しぶりにお世話になります。
〃 湊 会員‥‥宜しくお願いいたします。
〃 石原会員‥‥I・Mへの参加宜しくお願いします。
白岩会員‥‥ご迷惑をおかけしていますが、今皆様の笑顔の歓迎、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。お仕事とロータリークラブとの両立をしていきたいのが本当の気持ちです。
塚崎会員‥‥管志文さんを代理して、9月30日大勢のお見送りありがとうございました。
スーパーはくとは最高でした。
河本博会員‥‥結婚記念自祝。10月13日で41年になります。妻と二人暮しですが、お互いに空気のような存在で仲良く元気で遊んでいます。
白岩会員‥‥10月10日、結婚記念日13周年自祝。その当日にスピーチの機会を頂きありがとうございます。相生の湊先生をお迎えして。
松田会員‥‥ソフトボール近畿大会は7対7の同点でジャンケンの結果負けました。
来年はジャンケンの練習もして頑張ります。
徳永会員‥‥ゲストをお迎えして。妻誕生日自祝。
村上会員‥‥お客様をお迎えして嬉しく思います。
武者会員‥‥湊さんようこそいらっしゃいました。交通立ち当番完全に忘れておりましたすみません。本日理事会欠席重ねてすみません。
森 会員‥‥明日(10月4日)町民ゴルフ大会に参加して頑張ります。白岩会員お久しぶりで元気そうですね。
小谷会員‥‥いよいよ10月です。祭りも仕事も‥‥
管さん見送りありがとうございました。
辻 会員‥‥9月30日、交通安全立ち当番ご協力ありがとうございました。
深澤会員‥‥相生RCの皆様よくお越しくださいました。I・Mではお世話になります。
合計金額 28,000円
委員会報告
親睦活動委員会 半田 充委員長
10月17日の赤穂国際CCでの職場例会の出欠を確認しておりますのでゴルフと例会の出欠をお願いします。
新世代委員会 河本 博委員長
ボーイスカウトとの共同募金が10月5日に行われます、多数の会員の参加をお願いします。
国際奉仕委員会 武者 信委員長
WCSでの、フィリピンの井戸の竣工式が12月7〜9日、カンボジアの小学校の竣工式が12月14日〜17日となりました。参加者を募りたいのでよろしくお願いします。
本日のスピーチ
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地区職業奉仕委員長 浅野 一裕会員
てんびんの詩
ある成功した近江商人が、テレビのインタビューに答えるというかたちで、彼の成長していく半生を、回顧しながら物語って行きます。
「所詮、一人の力には限りがありますから、これはもう皆さんのお陰です。そして時代の背景も大きな糧になりました。戦争、飢餓、技術革新、国際化、高度成長がありました。商人(あきんど)というものは、生きることすべてが糧になり、栄養になります。喜びも悲しみも、苦労も不都合も、成功も失敗も、何でも生かして、糧にしなければなりません。ただ私が、“商いはどのように、人様に対して生きるかという、あきんど(商人)の一番大切な背骨になるもの”、そのことを知ったのは、子供の頃の“ナベブタ(鍋蓋)の行商”でしょうな。」
13歳で小学校を卒業したその日に、父親から、
「お前なあ、明日からナベブタ(鍋蓋)を売ってみぃ。よう売らんようでは、この家の後継ぎには、なれんと思うんやな。」
「何でナベブタ(鍋蓋)を売るんや?」
「お前が、売ってみれば解ることや。まあ、きばりや。」
天秤棒を担いで、はじめて行商に出かけようとした時、かっこ悪うて下ばかり見て歩いているのを、母親がすかさず、
「大作。下ばっかり見ないで、顔上げて歩き!人に出会って、挨拶も出来んで、商人(あきんど)になれますか!」この日の母の迫力は、すごいもんでしたよ。
「そうや、まず仕立屋みたいに、家(うち)に出入りしている所を回ったろ。」と私は考えました。が、仕立屋の奥さんにとってみれば、商家のぼんぼんが、天秤棒を担いで、行商の格好をして来れば、何しに来たのか、すぐ想像がつくもんです。
「お亀さん。ナベブタ買うて。今日から、ナベブタ売らなあかんのや。3枚ぐらい買うてくれると、決めて来たんや。」
「商いはな、なんぼ自分勝手に決めて来たって、その通りに売れるもんと、違いまっせ。1枚も要りまへん。」
「お前とこが、出入りしている近藤の息子が、買えって言うとるんやで。」
「そんな勝手に、決めて来られても、買いまへん。どなたでも買いまへん。ぼん、もっとあきんど(商人)らしゅうしなはれ。」
「いつも、恩があるというのは嘘か。たかがナベブタ一枚の義理も、よう果たせんと言うのか。」
「それとこれとは別です。ぼんぼん、あんた一体、ここに何しに来やはったんです? 仮にも、商いをしようとする客に向かって、ろくすっぽ挨拶するでなし、商品を見せるでなし、いきなり決めてきたから、買えと、まるで押し売りでんがな。今度買わん言うたら、親の威光を傘にして、恩着せがましく、義理がどうのこうのと高飛車に、そんな商いはな、やくざもののあきない(商い)でっせ。とっとと帰ってくんなはれ。」
「そうか、もう買うていらんわ。わしの代になったら、出入りさせへんわい。もう、こんなとこへ来るかぁ。このくそばばあ。」と、腹だたしまぎれに、悪態をついたものです。
最初の思惑が外れたショックと、どないしてええんかわからんまま、途方にくれていました。何軒も回りましたが、誰も買うてはくれませんでした。そこで、父が烏帽子親をしている、大工の乙松さんの家へ行って、義理を絡ませて、頼むしかないと思いました。
「おばちゃん。わし近藤の息子やねん。頼む。ナベブタ1枚買うて。」
「大工の家に来て、ナベブタを売るんか?よう買いまへん。」
「助けて。何とか買って。お願いや。この通りや。」
(と、土下座してお願いをしました。)
「ぼんぼん、そんなみっともないこと、やめなはれ。商いをしに来はったんでっしゃろ。物乞いやあるまいし、頼みます、お願いしますと、頭を下げたからと言うて、売れるもんとは違いますえ。誰かて必要ないものは買いまへんえ。」
「おばちゃん、恥ずかしいのをこらえて、こない頼んどんのに、みずくさいこと言わずに、買うてえな。頼む、頼む、この通りや。」と、何度も何度も拝み倒そうとしました。
「よう聞きや。あきんど(商人)は、恥ずかしいことをしたらあきまへん。商いは立派な仕事でっしゃないですか。自分に恥じるようなことをしたら、卑屈にならんならん。ぼんぼんは、商いの勉強をしよってんでっしゃろ。そやったら、お知り合いや親戚を回っても、誰も買うてくれまへん。なんでか言うたら、身内ほど、ぼんぼんに勉強させなあかんと思っているからや、ね。」
「もうええ、どいつもこいつも、子供やと思うて、馬鹿にしよって。二度と来るか。」
今度こそと、頭で考えていたんですが、またあほなことを言うてしもうて、商いを何にも知らん、気負いだけだったんですねえ。行く当ても無くなって、困ってしまいました。どこどで、弁当でも食べながら、後のことを考えようと思いました。弁当を開けて見て、
「女中の奴、おかずを入れるの忘れやがって、食い物の恨みは怖いからな。」
3月の下旬でしたから、ふて寝してても、陽が傾くと寒うて寝ておれんのです。すると、おばあちゃんが、
「大作、帰ったんか。売れもせんのに、陽のあるうちに帰るのは、何ぞそれなりの訳があるんでっしゃろ。」
「お腹が空いたから帰ったんや。あんなおかずの無い弁当が食えるか。」
「おかずが無いというたかて、梅干が入ってたやろ。あんたはね、遠足や物見遊山に出かけてるんやないんや。商いに出てるんや。ほんまに始末せな。
この家は、昔から“分をわきまえる”ということを、大事にしとんや。分に会うた暮らしをする。儲けの少ないときは、始末して、極力、出を抑える。ご先祖様は、苦しい時には、梅干や塩をなめて、始末してきばってきたから、きょう(今日)があるんでっせ。始末ということを、お母さんによう教わりなさい。」
母は、「あきんど(商人)は、商いの元手にお金を使うのを、惜しんではあかんけど、自分が、楽をしたいとか、おいしいものを食べたいとか、贅沢にお金を使うてたら、きり(限)がありまへん。驕りがでてきて、最後は身の破滅でっせ。
あきんど(商人)は、出来るだけ始末して、少しでもお客様に有利な商いをする、それがあきんど(商人)と言うものでっせ。明日からも、おかずらしいものは入りまへんえ。おかずを食べたかったら、自分の口銭で買いなはれ。」
来る日も来る日も、一軒一軒、軒並み回ってみました。
「こら、玄関から入るな。」
また、裏にからそっと覗いてみました。すると、
「この野郎。こそ泥みたいに裏口でうろうろするな。」
「こんにちわ。ドンドン、毎度おおきに、どんどん、ナベブタいりまへんか、」
「こら、あほ、せっかく寝かけたのに、赤ちゃんを起してしもたやないか。大きな声出すな。とっとと、早う行け。」
近くの寺の鐘を、「ゴーーーン」とついて逃げ出しました。
「このあほ。もう-----------。」
毎日、出かけてはいるんですが、なんぞ策があるでなし、誰も相手にしてくれまへん。人を見て恨み、親を恨み、おもしろうない毎日でした。
薬売りの愛想のええのを横目に見て、ショックでした。それを見習って私も、揉み手で、
「えへへへ----------- 。」とやってみると、お客様は、
「子供のくせにへらへらと、気持が悪い。あっちへ行け。」と怒鳴られました。
卑屈に揉み手で笑うことが、客に対する愛想やと思い込んだんですわ。
「おっちゃん、おばちゃん。おかあちゃんが、目が見えなくて働けません。何とかしてぇ。助けておくんなはれ。お母ちゃんに食べ物を恵んでぇ。お願いします。」と、道端で土下座して、お願いしている母と女の子の、物乞いの姿を見て、子供はやっぱり、同情やないとあかん、と思たんですわ。きっと、笑ったから失敗したんや。
「みつき(3月)も前から、ナベブタを売り歩いているんです。まだ一枚も売れまへん。今日も一枚も売れんかったら、わし、どないもならんようになるんです。一生、百姓せんならんのです。体は弱いし、百姓には向かんのです。母親が継母なもんで---------。」
「おい、ちょっと待ちぃ。今、何て言うた。情けない奴やなあ。この嘘つき。その根性たたき直したる。」
後で聞いたんですが、あの人は遠い親戚だったんです。そらあ、血相変えて怒られるのは、当たり前ですわなあ。
どうしていいのかわからないまま、橋の上でしゃがんで、泣いているところへ、一人の百姓がやって来ました。
「お前、以前会った、ぼんやないか。こんなところで何しとんのや。」
「おじちゃん。百姓ってしんどいか?」
「しんどいのは、何やったかておんなじや。百姓のしんどいのは、一生懸命働いたかて、ただ食うだけや。自分の息子には、あきんど(商人)にしたいなぁ。あきんど(商人)は、自分の才覚と努力で、なんぼでも発展するやないか。」
この言葉は、砕けそうな私の力になりました。
そうこうしている時に、父が大阪の店から、久し振りに帰ってきました。
「大作も、精出してきばっとうか?もうそろそろ、売れてもええ頃やな。ええか、商いはな、天秤棒と一緒や。どっちが重とうても、うまく担がれへん。売り手と買い手の心が、一つになった時に、初めて商売が成り立つんや。な、まあ、せいぜいきばりや。」
その時母は、「大作。うまいこと売ろうと思ってもあきまへんで。あんたの、一生懸命売っている、その姿を見てもらって、この子は正直な子やなあ、優しい子やなあ、信頼できる人間やなあ、役に立つ人やなあ、と思いはるさかい、商いが出来るんでっせ。」
あてもなく、歩いているうちに母の妹の住む、親戚の街へ行ってみようと、思い付いたんです。10里、40kmは、歩くには遠い道でした。
「卒業式のあくる日から、みつき(三月)も経ったけど、まだ一枚も売れへんのや。遠いところを、一所懸命歩いて来たんや。おばちゃん買って。」
「あんたの一所懸命と言うても、その裏には、まだまだ甘えがあるんと違うか。親の力を後ろ盾にしたり、おばちゃんとこみたいな、親戚を頼って来たりするのは、大変な甘えです。鍋のフタぐらいを売るのに、自分の商いをせなあきまへん。誰の力も頼らんと、自分の智恵、努力、人柄で商いをすることや。
五箇の庄の、近藤の息子ですと言うて、はじめから後ろ盾をほのめかして、有利な商いをしようとする姿勢が、お客様の気に入られへんのやと思うで。
それに、あんたはね、自分のためにナベブタを売ろうとしているやろ。そこが間違っているんやで。お客様にとっては、そんなこと何の関係も無いことや。
あんたが、鍋のフタを売ってるのは、お客様のお役に立つ勉強をしているんやろ。商いの修行というのは、そういうことやで。それやったら、お客様の側に立って、よう考えてみよし。お役に立ち方はいろいろありますえ。なんぼでもあるやおへんか。
人のお役に立ってみなはれ。そんな人は、誰からでも好かれまっせ。あきんど(商人)は、人に好かれるお人でないとあきまへん。
あんたは、まだまだ、その覚悟も決心もついとれへんのやねぇ。家業を継ぐということは、自分を殺して、お客様やお店のみんなのために、奉公することやで。」
ある農家の側を流れる小川の岸に、洗い場があったんです。そこを通りかかったとき、何組もの鍋とフタが、そのまま水に浸してあるのを、見つけました。
あのナベブタは、この家のありったけのものやろか。全部無くなったら、困るやろなあ。困ったら新しいのを買うてくれるかも知れへん。まことに変なことを考えるもんですわ。いっそのこと、壊して竹薮に捨てようと思うんですよ。
その時、ふと、このナベブタも、私みたいに、難儀して売ったナベブタかも知れへん、と思ったんですねえ。そうなると、もう壊すことが出来ませんでした。すると、急に愛しくなって、その鍋と蓋とを、ゴシゴシ洗っていたんです。
そこへ、ひとりの主婦がやってきて、
「おい!その鍋を何しとる。お前は誰や!」
「すんまへん。おばちゃん、堪忍して-----------。わし悪い奴です。わしナベブタが愛しゅうて、それで-----------。わしナベブタ売りの行商に出て、もう三月になります。まだ一枚も売れてません。それで、今ここに通りかかって、あの、あのナベブタ全部壊してしもたら、ここの人困って、新しいのを買うてくれはるかも知れんと、そう思ったんです。ところが、このナベブタも、わしみたいに難儀して売ったんやないかと、ふと思ったんです。そしたら、なんや急にナベブタが愛しゅうなって、それできれいにしとったんです。
「そうか、それで洗っとったんか。わしかてなあ、ナベブタを愛しく思い、大事に使うとる。さあさあ立って立って。ここへ坐って。どないしたんや。何か、しんどそうやな。」
「夕べ、寝てへんからやと思うけど--------。」
「何で、ナベブタぐらい売るのに夜どうしせんならん。」
「昨日、親戚のおばちゃんのところへ行ったら、買うてくれると思うて、遠いところを往復してきたんや。」
「そうか、そこからやったら10里、40kmもあるなあ。そらあ、しんどかったやろ。それで、買うてもらえんかったんやな。」
「わしが、親戚や思うて、甘えてたのが悪かったんや。そやけど、おばちゃん、ナベブタ買うてくれるより、もっと大事なことをくれはった。商人になるために一番大事なもんや。
これまでわしは、商人の気持が出来てなかったんや。ナベブタが売れたらええ、ただそれだけを考えていたんや。買うて使う人の気持なんて考えてなかったんや。」と、洗いさしの鍋とフタをまた、洗い始めたんです。
「ぼん、いくつや、13か。えらいなあ、りっぱや。そうや、わしがナベブタ買うてやろ。」
「おばちゃん、今、何言うた?」
「ナベブタ買うたる。売って欲しいと言うたんや。」
「おばっちゃん------------。」と、抱きしめてくれたんです。
「ええ子や。ようがんばったな。えらい商人になりや。今の気持、忘れるでないで。よかったなあ。よかった。泣かんでええ。泣かんでええ。そうや、ここにじっと待ってて。すぐ来るでな。ええな。」
ようやく、売れました。初めて売れたんです。
あれは、ものを売った喜びと、見知らぬお客さんが、私を抱きしめて泣いてくれた感動とが、一緒になったんでしょうねえ。
売る者(もん)と買う者(もん)の、心が通わなんだら、ものが売れんのや、ということが、痛いほど身に沁みました。
私がもっと驚いたことは、お客様がお客様を呼んで来て、説得してくれたことでした。商いいうことは、大変なことやと知りましたねえ。
ナベブタ1枚の商いが、さっきまで見知らぬ人を、親戚以上に親しくさせるんです。商いいうのは、ええもんや。あきんど(商人)というのは、何と素晴らしい仕事やと知りましたねぇ。
そのうちの一人の主婦が、「疲れたやろ。風呂でも入って、ゆっくりして行き。」と言ってくれました。
「おばちゃん、ありがとう。そやけど、ナベブタが初めて売れたことを、一番喜んでくれるのは、家の人やと思うと、やっぱり、早よう帰るわ。」
「へーえ、お前、ええこと言うなあ。よう言うた。それがええ。それが人の道というもんや。人の道を外れては、商いは無いんぞよ。」
一言コーナー